「血液型と疾患」のはなし
血液型と人間性や性格を関連づけた話題は非常に多く、とくにまだ浅い人間関係しか構築できていない局面などにおいては、話の取っ掛かりにはもってこいだし、実を言うと自分もそんなに嫌いな方ではない。一種のコミュニケーションツールとして楽しむ分には何ら問題ないのであろうが、医者、なかでも血液内科医ともあろう者が血液型に関して軽々しく公に発言をするのは控えるべきであろう。
なぜなら、血液型には社会問題が付随してくるからだ。「血液型性格判断」や「血液型人間学」などのニセ科学をもとにして、金儲けをしている輩がいるだけなら百歩譲って許せたとしても、それが人間の「差別」の原因になっているとすれば看過できない。就職の人選や配属だったり、入学の選別やクラス分けやいじめだったり、その実例は枚挙に暇がない。
ひょっとすると、大規模な調査を行えば、血液型と性格の微妙な相関が科学的に立証される可能性はある。もし、もしかりにその相関が示されたとしても、例えば「A型の人は非A型の人よりも1.05倍几帳面な傾向がある」程度の弱い相関にとどまるであろうし、それをもってして「几帳面な人は大抵A型」という強い相関を示せるようには断じてならないであろう。
「科学的な根拠がないというのは、必ずしも科学的に否定されたということではないよね」とか「科学的な根拠がなくても、みんなが『血液型と性格には何らかの関係がありそうだ』って感じてるんだからそれでよくね」などという貧相なエクスキューズでドヤ顔されてもこっちは困惑するだけで、東京医科歯科大学名誉教授の藤田紘一郎医師にしても、能見式血液型診断を継承する血液型人間科学研究センターにしても、もう少し恥じらいを持ってもいいと言うか、もう少し弾劾されてもいいように思うのだが。
しかし一方で、最近になって血液型と疾患の相関にはやや興味をもっていることは告白しておかなくてはならない。
きっかけは、「ルイス式血液型Le(a+b-)やABO血液型B型ではノロウィルスに感染しにくい」ことや、「ルイス式血液型Le(a-b-)では腫瘍マーカーの一つであるCA19-9合成能がない」ことなどの明確な医学的事実ではあったのだが、さらなる興味を持ったのは、2009年にゲノムワイド関連解析の手法を用いて「血液型A、BまたはAB型では、O型に比べ膵臓癌リスクが高い」(Nat Genet. 2009; 41: 986-990. http://bit.ly/116Fwpe, Cancer Res. 2010; 70: 1015-1023. http://bit.ly/117qyPQ)とする報告を立て続けに目にする機会があったからだ。
2000年のNatureにおける遺伝形質と疾患に関するレビューの中には、「再現性を持って血液型と相関が見いだせる疾患はない」という主旨の記述がある。
Nature 2000; 405: 847-856. http://bit.ly/117hVEN
しかし、メンデル型の遺伝形式をとらない、多因子形質の遺伝的原因を解明するゲノムワイド関連解析法(genome-wide association study; GWAS)の登場により、前述したような遺伝形質と疾患の関連性が示唆されるようなってきている。
1960年代より血液型と血栓性疾患や出血性疾患との関連性を示唆する報告は多い。その中でも最近のものをいくつか挙げてみたい。
非O型における静脈血栓塞栓のハザード比は対O型で1.4(95%CI 1.3-1.5)。
CMAJ 2013; 185: E229-E237. http://1.usa.gov/10OERpH
非O型における冠動脈疾患の相対危険度は対O型で1.11(95% CI 1.05–1.18; P=0.001)。
Arterioscler Thromb Vasc Biol 2012; 32: 2314-2320. http://bit.ly/XpoMJA
出血性合併症におけるO型のオッズ比は1.33 (95%CI 1.25-1.42; p<0.001)。
Semin Thromb Hemost 2013; 39: 72-82. http://bit.ly/10Pkn00
O型では非O型に比してvWF(フォン・ウィルブランド因子)活性が25%程度低い。
Transfusion. 2006; 46: 1836-1844. http://bit.ly/117rAeK
O型では非O型に比してvWF多重体がvWF分解酵素(ADAMTS13)による分解を受けやすい。
J Thromb Haemost. 2003 Jan;1(1):33-40. http://1.usa.gov/117sjwf
この血液型と血栓性疾患や出血性疾患についても、ぜひともゲノムワイド関連解析お願いしたいところだ。誰に言えば良いのかも分からないので、とりあえずここに書いておく。
個人的には、O型がTTP(血栓性血小板減少性紫斑病)やHUS(溶血性尿毒症症候群)を含んだTMA(血栓性微小血管障害症)になりにくいという話は見たことも聞いたこともなく、自験例さえ豊富ならば自ら関連性を調べてみたい勢いだが、自験例など数えるほどで…(汗)。こちらもどなたかにお願いしたいところだ。