yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する① 〜メトホルミン〜」

 

 

抗がん剤治療の効果を高めるには、適切なプロトコールを適切な手法で実行することはもちろんですが、その他にも抗がん剤治療の効果を相加的・相乗的に高める治療を併用する、あるいは抗がん剤の毒性を軽減してプロトコールが遵守・完遂できるようにする、といった支持的アプローチが考えられます。

 

そうした立場から補完療法を奨める自由診療系クリニックが無数に存在します。そのリーダー格の一つである某有名自由診療クリニックもまた、『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』として懇切丁寧に名脇役(自称)たちを紹介しています。

 

抗がん剤治療の経過が思わしくなければ、それを改善するために他に何か良い手立てがないものか、と模索するのは世の常です。これらの情報には魅惑的な文言が並び、そうした方々の心情を大いにくすぐり、否が応でも期待を膨らませてしまいます。

 

実害が少なく安価な薬剤で抗がん剤治療の効果を高めることができるのであれば、これほどの福音はありません。しかし、これらの補完療法はその文言や期待に本当に見合った治療なのでしょうか?そして、大切なお金と時間を費やすだけの価値が本当にあるのでしょうか?

 

これから数回に渡ってこのクリニックで紹介している補完療法の有効性を検証してみたいと思います。

 

第1回は補完医療界の小日向文世(自称)と呼び声の高い「メトホルミン」です。標準医療界からも熱視線を送られているドラフト1位候補です。

 

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最初に、そのクリニックがメトホルミンを紹介している文章を引用しておきます。

 

インスリンの働きを良くしてインスリンの産生を抑える糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)ががんの発生率を抑えることが多くの研究で明らかになっています。

がん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があるので、糖尿病をもっていない人でも、がんの発生予防や再発予防やがん治療に役立つ可能性が指摘されています。

抗がん剤の効果を高め、生存期間を延ばす効果が報告されています。

【作用機序と有効性の根拠】

メトホルミンは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。したがって、糖尿病の治療薬として使用されています。

インスリン抵抗性を改善することは老化やがんの予防に有効であることが明らかになっており、メトホルミンはがん予防や抗老化の薬としても注目されるようになっています。膵臓がん・肺がん・大腸がん・乳がんなど多くのがんの予防や治療にメトホルミンが有効であることが多くの研究で明らかになっています。

メトホルミンには、乳がんの増殖や転移や悪性度に深くかかわる遺伝子タンパク(HER2:Human epidermal growth factor receptor type2)の働きを抑える作用があること、エストロゲンを産生するアロマターゼという酵素を阻害する作用も報告されています。ある疫学研究では、メトホルミンを服用することで、乳がんの発症が56%低下することが報告されています。

メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。がん幹細胞の抗がん剤感受性を高め抗がん剤の効き目を高める効果が報告されています。

予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆されています。

【服用法と費用】

メトホルミン(250mg)が50円で、1日2錠を服用しますので、1日100円、30日分が3000円で処方しています。空腹時に1錠づつ、1日2回服用します。

 

作用機序まで記載し、メトホルミンによる抗がん作用が万人に認知された事実であるかのような雰囲気を演出しています。このクリニックはサリドマイドも提供していることは以前のエントリでも触れましたが(「サリドマイドは固形がんにも有効なのか?」)、かなり慎重な物言いでした。メトホルミンをはじめとした補完医療に関しては、そのリスクの小ささが強気なセールストークを可能にしているのでしょう。

 

メトホルミンは言わずと知れた糖尿病の標準治療薬の一つです。メトホルミンを服用している糖尿病患者では、がん罹患率やがん死亡率が低くなることを指摘した研究が数多く存在しますが、その多くは後方視的な観察研究や症例対照研究です。あくまでも現象であって、科学的事実とまでは言えません。

 

もし本当にメトホルミンが抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、標準医療界からドラフト1位指名を受け、晴れて小日向文世(自称)のカッコが外れ、日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「糖尿病」と診断することになるはずです。

 

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メトホルミンの発がん抑制効果を主眼においた研究を統合したメタ解析があります(PLoS One. 2012; 7: e33411., Metabolism. 2013; 62: 922-934.)。

 

1つ目のメタ解析(PLoS One. 2012; 7: e33411.)は日本人研究者の報告ですが、11の観察研究、10の症例対照研究、3つのランダム化比較試験を包括し、総勢1,296,537人を解析対象としています。このメタ解析では、メトホルミンを使用している糖尿病患者では、メトホルミンを使用していない糖尿病患者よりも、発がんリスクが33%低下(RR=0.67(95% CI; 0.53-0.85))することが示されました。

 

2つ目のメタ解析(Metabolism. 2013; 62: 922-934.)は9つの観察研究、13の症例対照研究、2つのランダム化比較試験を包括し、総勢386,285人を解析対象としていますが、このメタ解析においてもまた、メトホルミン使用群では発がんリスクが30%低下(RR=0.70(95% CI; 0.67-0.73))するとの結果でした。

 

これらの研究結果には、「メトホルミンには抗がん作用があるんじゃね」と想定させるだけの十分なパワーがあります。

 

しかし、これらの研究の解釈には些か注意が必要です。これらのメタ解析では、含まれる各研究の患者背景や研究デザインの均一性の指標とされるI2(I二乗値)が、前者で93%、後者で96.8%、と著しく不均一であることが示されています。より均一性を高めるためにサブグループ解析も行っています。

 

前者では、観察研究のみを対象とした場合には、RR=0.66(95% CI; 0.49-0.88, P<0.00001, I2=96%)でしたが、ランダム化比較試験のみを対象とした場合には、RR=1.03(95% CI; 0.82-1.31, P=0.23, I2=30%)、と発がん抑制効果は否定されてしまいました。

 

後者でも、症例対照研究のみを対象とした場合には、RR=0.90(95% CI; 0.84-0.98, I2=83.2%)でしたが、ランダム化比較試験のみを対象とした場合には、RR=1.01(95% CI; 0.81-1.26, I2=9.6%)、とやはり否定されています。

 

いずれのメタ解析においても、対象とする患者集団や研究デザインの均一性が高まるにつれて、メトホルミンの発がん抑制効果が否定されてしまうのです。やはり長期的な前向き介入試験なくして、メトホルミンの発がん抑制効果を確証することはできません。

 

また、糖尿病患者に見られる高血糖や高インスリン血症が一部のがんの危険因子になる可能性は日本の国内外で示唆されています(Cancer Sci. 2013; 104: 1499-1507., BMJ 2015;350:g7607.)。メトホルミン単独では発がん率の抑制は見られなかったものの、メトホルミン+別の血糖降下薬の併用ではその効果が見られたとする観察研究もあります(BMJ Open Diabetes Research and Care 2015;3:e000049.)。

 

メトホルミン自体に抗がん作用があるわけではなく、血糖コントロールの改善が間接的にアウトカムに好影響を及ぼしているに過ぎないのかもしれません。

 

では、すでに発症してしまったがん患者に用いた場合にも、何某かのメリットは得られるのでしょうか?

 

750人の糖尿病を合併した進行期非小細胞肺がんを対象に、メトホルミン内服の有り無しでアウトカムに有意差があったのか否かを検証した後方視的観察研究があります(Am J Respir Crit Care Med. 2015; 191: 448-454.)。この研究では、全生存期間の中央値が、メトホルミン群5ヶ月に対して、非メトホルミン群3ヶ月(P<0.001)であり、メトホルミン群で生存期間が延長したことが示されました。メトホルミン群の方が化学療法を受けた比率が高かったものの(51.5% vs. 43.0%, P=0.03)、傾向スコアを用いて調整してもHR=0.80(95% CI; 0.71-0.89)と有意でした。

 

しかし、メトホルミン群の方が若い傾向があり(P=0.09)、合併症が少なかった(P=0.02)背景までは調整されておらず、期待感は持てるものの、残念ながら確証はできません。

 

この臨床的疑問には、現時点で最も確からしい回答を付けることができる臨床試験があります。

 

メトホルミンの相加的・相乗的抗がん作用を検証することを目的として、転移性あるいは切除不能な膵臓がん患者を対象に、標準的化学療法である「ゲムシタビン+エルロチニブ」に「メトホルミン」あるいは「プラセボ」を併用する群に振り分ける二重盲検ランダム化比較第二相試験がオランダで実施されました(Lancet Oncol. 2015; 16: 839-847.)。

 

主要評価項目である6ヶ月生存率はメトホルミン群56.7%、プラセボ群63.9%で明らかな差は認められませんでした(P=0.41)。無増悪生存中央値はメトホルミン群4.1ヶ月、プラセボ群5.4ヶ月 (HR=1.18(95% CI; 0.77-1.82), P=0.44)、全生存中央値はメトホルミン群6.8ヶ月、プラセボ群7.6ヶ月(HR=1.056(95% CI; 0.72-1.55), P=0.78)、奏功率は両群共に5例ずつ(P=1.00)、Disease control率はメトホルミン群40%、プラセボ群52%(P=0.20)であり、何れも同等でした。

 

他のがん腫ならどうなのか、他の抗がん剤との併用ならどうなのか、もっと大規模な第三相試験ならどうなのか、という臨床的疑問が残るのは当然ですが、現時点では抗がん剤治療+メトホルミンにより奏功率や生存期間が改善するという医学的根拠はありません。

 

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高血糖、高インスリン血症を有する糖尿病患者がメトホルミンを長期的に使用した場合に、メトホルミン自体、あるいはメトホルミンによる血糖の改善が、将来の発がんに対して抑制的に働く可能性はあり得ることだと思います。

 

薬物療法が必要となった糖尿病患者が、勧められた別の治療とメトホルミンとの間に、同等のメリットとデメリットが予測できる場合に、副効果としての発がん抑制効果に期待してメトホルミンを選択することは有りだと思います。しかし、将来の発がんを懸念して糖尿病でもないのにメトホルミンを服用する、あるいは相乗効果を期待して抗がん剤治療にメトホルミンを併用する行為は、現時点では支持できるものではありません。

 

実臨床でも注目度の高い薬剤であることは事実ですし、新たなエビデンスが出てくる可能性はありますが、日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「糖尿病」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。残念ながら小日向文世(自称)のままです。

 

このクリニックはメトホルミンのリスクに関しては一切言及していませんが、乳酸アシドーシスや低血糖などの副作用がありますし、造影剤をはじめとした薬物相互作用も少なくないことも知られています。慎重な姿勢が必要だと思います。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。

「自由診療医各位。高濃度ビタミンC療法のシステマティックレビューが出ているのでご確認下さい。」

 

多くの自由診療系のクリニックでは、その抗がん作用やQOL(quality of life)改善作用を謳い文句として、がん患者さんに「高濃度ビタミンC療法」を提供しています。この治療を受けていらっしゃる患者さんの心の中を想像するに、「眉唾かもしれないけど、べら棒に高いわけでもないし、少なくとも害はなさそうだから試しに受けてみようか」と言ったところではないでしょうか。

 

しかし、自由診療界のニコラス・ケイジとも呼べるこの治療法は、根拠がとても薄く、明らかに盛っているのではないか、という懐疑的な見方が大勢を占めています。

 

2015年度に入り、The Oncologist誌に、5つのランダム化比較試験を含む総勢35論文、8,563名にも及ぶ患者を対象として、ビタミンCの抗がん作用について解析されたシステマティックレビューが掲載されました。

 

ステマティックレビューとは、ある臨床的疑問に対して検討された同質の研究を網羅的に調査し統合して分析する研究手法のことです。同じ目的を有する臨床試験でも、背景や設定が異なれば結果もまちまちになることは少なくありません。その辺りのバイアスを極力排除して統合してみたらどうなのよ、ということです。もちろんその手法自体にも問題点はありますが、一応エビデンスレベルとしては最高位です。

 

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“Is There a Role for Oral or Intravenous Ascorbate (Vitamin C) in Treating Patients With Cancer? The Oncologist. 2015; 20; 210-223.

 

全文フリーダウンロード可能なので詳細は記載しませんが、結論部分だけ引用しておきます。

 

We have found no consistent evidence for an antitumor effect in terms of improved response rates or improved survival outcomes and also no evidence supporting an improvement in quality-of-life measures associated with ascorbate use in patients with malignancy in a controlled setting.

 

簡潔に申し上げれば、「ビタミンCに臨床的に意味のある抗がん作用やQOL改善作用がある、という証拠を見つけることはできませんでしたとなります。意訳すれば、「がん患者さんが高濃度ビタミンC療法を受けるメリットはあるとは考えにくい」とも言えます。

 

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こうした指摘には必ず反論がつきます。

 

「抗がん作用がある証拠がなくても、抗がん作用がない証拠にはならない」

悪魔の証明です。「ビタミンCに抗がん作用がある、という証拠を見つけることはできない」という持って回った言い回しではなく、「ビタミンCには抗がん作用はありません」と歯切れよく言いたいところなのですが、良心的な医療者であれば断言はしないものです。そこを付け込まれるわけですが、医療者たるや「抗がん作用が否定されていない治療」ではなく、「抗がん作用が証明された治療」で医療を行ってください。

 

「実際に良くなった患者がいる」

帰納です。どのように良くなったのか?他の治療を併用していなかったのか?その方の他に治療を受けた人が何人いて、その中で何人が良くなり何人が良くならなかったのか?個人の体験談は根拠としては最低レベルです。

 

「まともな試験がないだけで、真の評価にはもっと質の高い試験が必要だ」

循環論法と言えるでしょうか。これまでの臨床試験にも、抗がん剤としてのビタミンCの価値を篩に掛けるだけの質は十分にあるわけです。莫大な費用と時間とマンパワーを必要とする質の高い臨床試験は、有望な治療法に宛がわれるのが普通であって、既に勝算が立たなくなったビタミンCには更に検討するだけの価値がありません。それでも、実行する必要があるのであれば自由診療医が行えばよいと思います。

 

「抗がん作用やQOL改善作用がなくても、患者に希望と満足感を与えている」

論点のすり替えです。希望や満足感はもちろん大切な要素ですが、論点は「何を根拠に高濃度ビタミンCを行っているのか?」であり、希望や満足度を議論しているわけではありません。

 

「標準治療医よりも、自由診療医の方が親身に相談に乗っている」

人身攻撃です。科学的反証が難しいので、批判者の態度を攻撃するわけです。態度が不遜な医療者が少なくないのは事実です。そこは大いに反省し、大いに改善する努力をしなくてはなりません。しかし、自由診療医にとっての患者さんは「患者」ではなく「顧客」なので、自ずと接客にも力が入ることでしょう。本当に優しい人は優しいことばかり言いません。

 

「抗がん作用はなくても、その抗酸化作用がもたらす利益まで奪うのか?」

藁人形論法と言えるでしょうか。仮に何某かの利益があるとしても超絶的に微々たるものでしょう。だからこそ、これまでの臨床試験では何も判明しなかったのです。物凄く大規模で物凄く質の高い試験を実現できれば、何某かの利益が判明するかもしれませんが、それは費やしたお金と時間に見合うものでしょうか?同じお金と時間でも、食べたいものを食べ、行きたいところに行き、過ごしたい人と過ごす、という方法で費やした方がよっぽど有意義だと思います。

 

「科学的に証明されていなくても、実際に抗がん作用がある物質は存在するはず」

反論にもなっていませんが、具体的に「科学的に証明されていないが、実臨床で抗がん作用として利用されている薬剤」の一例を挙げて頂き、その物資とビタミンCの関連性を説明して頂く必要があります。

 

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何度となく指摘されたことではありますが、私も指摘しておきます。

 

もしもビタミンCが本当に有用ならば、製薬会社も医療者も放っておく理由がありません。その他の化学療法とは比較にならないほど安全性が担保され、ほとんどの化学療法との併用が可能なのですから、ここに有用性が加わればはっきり言って無敵です。医療者側からいえば、まず「とりあえずビタミンCを併用しておこう」となるでしょう。企業側からしても、たとえ個々には安価であっても、需要は膨大で企業利益も相応でしょうから飛び付くはずです。そうした動きが「皆無」である時点でお察し下さい、ということなのです。

 

何度でも申し上げますが、私が批判しているのは高濃度ビタミンC療法ではなく、高濃度ビタミンC療法で商売をしている人たちです。根拠のない治療を根拠があるように見せかけて提供するのは詐欺に等しい行為ですし、藁にもすがる思いの人に藁を投げつけるのは人道的に許しがたい行為です。

 

最後に至極当然のことを言っておきます。「ビタミンCを摂取するメリットがある人は、ビタミンCが欠乏している人だけ」です。こうした事実は何度でも繰り返しお伝えしていくしかないと思います。高濃度ビタミンC療法にお金と時間をつぎ込んでしまう人が一人でも減ることを切に願っています。

 

「個別化医療とは何か?」

 

デイヴィット・サケットが「根拠に基づく医療(EBM; evidence-based medicine)」を提唱した1990年代以降、その概念は、一部の誤解があるものの、臨床の現場に広く浸透しています。現在標準的に使用されている薬剤や治療法の多くは、大規模集団における臨床試験の結果(エビデンス)を下に取捨選択されています。特定の疾患と診断された患者は、その疾患にエビデンス順位の高い薬剤や治療法から検討されることになります。

 

所詮、一人の医師の経験はごく限られたものです。仮に50年間医師として働いたとしても、診たことのない疾患は山のようにあるはずです。診たことはあっても、遥か昔に1-2例だけなんてことも少なくないでしょう。そんな乏しい経験の上に築かれる「勘」だけに頼った医療はまっぴらごめんです。先人たちが蓄積した根拠を参考にしようとする態度は至極当然のものと言えます。

 

しかしEBMには、「画一的で、個々の患者の背景を考慮していない」といった批判も少なくありません。本来、EBM「個々の患者の問題点に対し医学的に利用可能な最善のエビデンスを適用しようという医療」であって、決してガイドライン的治療を目指したものではありません。患者の背景に最も近い母集団を対象としたエビデンスを探して実行する作業です。大規模なランダム化比較試験のような質の良いエビデンスが見つかることもあれば、症例報告レベルのエビデンスしか見つからないこともあります。それでも、EBMには「画一的治療」という側面があることは否めません。

 

一般的に、ある「治療が上手いこと運ぶ」ためには、その「治療が効いている」ことはもちろん、その「治療の副作用が許容される」ことも同等に吟味されなくてはなりません。治療の反応性や副作用の出やすさは、特定の診断名や病期といった疾患側の因子のみでは決まるわけではなく、当然ながら年齢、性別、体力、合併症の有無といった患者側の因子もまた、多大な影響を及ぼします。

 

近年、疾患側だけではなく、これらの患者側の因子も重要視しようという医療として、「個別化医療(パーソナライズド・メディスン)」という概念が注目されています。あるいは「オーダーメイド医療」「テーラーメイド医療」などの別称もあります。定義するならば、「治療応答性に影響を与える遺伝子要因環境要因を考慮しつつ、個々の患者に合った治療法を提供する医療」と言えるでしょう。

 

本来、EBM個別化医療は目指すところは同じであって、決して対立軸ではないと思うのですが、何故かEBMに対するカウンター的な意味合いで用いられている機会をしばしば目にします。恐らく解釈の誤認と思われるのですが、「本当のところ個別化医療とは何なのか?」について考えたいと思います。

 

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個人的には、「個別化医療」が注目されるようになった背景には、二つの大きな時代の流れがあると感じています。

 

一つ目は高齢化です。患者の高齢化により、画一的な治療ではいかんともし難いケースが増え、より個別的な対応を求められるようになってきました。

 

個別化よりも少々粗い方法ではありますが、伝統的に「層別化」と呼ばれる医療は古から行われています。悪性リンパ腫の中で最も多い、びまん性大細胞型リンパ腫(DLBCL)を例に挙げてみます。DLBCLの予後層別化分類で最も頻用されているものに、IPI(international prognostic index)があります(N Engl J Med. 1993; 329: 987-994.)。

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初発のDLBCLにおいては通常、標準化学療法(R-CHOP療法6~8サイクル)が選択されます。しかし、中高リスク、高リスクのDLBCL患者は、標準化学療法のみでは長期生存の成績が芳しくないため、大量化学療法の適応があれば、標準治療後の地固め療法として大量化学療法を行う方法も選択肢に挙がってきます(但し標準治療とは言えないので臨床試験として実施するのが理想的です)。

 

疾患の治りやすさ、あるいは治りにくさを反映する「予後因子」の多寡により、低リスク、中間リスク、高リスクなどの複数のリスク群に振分け、各々のリスク群に見合った治療戦略を立てる、という方法は標準医療の主流だと思います。

 

また、高齢者や臓器障害を有する患者に対して、用量を減量したり治療間隔を広げたりする、心疾患を有している患者へはアンスラサイクリン系薬剤の使用を減量したり割愛したりする、など古典的に行われている方法も、層別化の一つと言えるかもしれません。

 

しかし、患者の高齢化による患者背景の多様化が進み、層別化では層別しきれない患者群が増えてきたため、より患者側の因子に配慮した個別化が求められるようになってきたのだと思います。

 

二つ目は分子標的療法の台頭です。分子標的療法とは「癌細胞と正常細胞の差を『標的』とし、これを変更修飾することにより治療につなげる方法」と定義することができます。

 

同じく、DLBCLを例に挙げれば、キメラ型抗CD20モノクローナル抗体であるrituximabが代表的です。CD20はプレB細胞から活性化B細胞の段階のB細胞表面に特異的に発現している蛋白質で、B細胞以外の細胞には発現していません。Rituximabは、理論的にはこのCD20に結合することにより細胞傷害作用を発揮するため、CD20を発現したB細胞は正常、腫瘍細胞を問わず選択的に狙い撃ちすることができます。B細胞性リンパ腫の一つである、DLBCLにも有効と考えられます。

 

フランスにおいて、DLBCL患者に対する、これまでの標準治療であったCHOP療法と、rituximab併用CHOP(R-CHOP)療法の無作為化比較臨床第Ⅲ相試験が実施されました(N Engl J Med 2002; 346: 235–242.)。CR率(63% vs. 76%, p=0.005), 2年無イベント生存率(38% vs. 57%, p<0.001), 2年全生存率(57% vs. 70%, p=0.007)の何れにおいてもR-CHOP 療法群が勝り、1970年代以降、長きに渡って標準治療であったCHOP療法からその座を奪うというブレイクスルーをもたらしました。

 

分子標的療法は、CD20などの標的を有する患者には効果を発揮しますが、標的を有さない患者には全くもって無効な治療です。個々の遺伝子多型や遺伝子変異から、ある治療が効くと目される「標的」、言い換えれば「予測因子」を有しているか否かを明らかにする作業こそが個別化医療の本質です。分子標的治療の台頭により「予測因子」の重要性が飛躍的に上がったため、自ずと個別化医療の概念が広がってきたのだと思います。

 

近年は遺伝子学的予測因子を組み合わせて治療を個別化しようとする試みも出てきています。同じく、DLBCLを一例に挙げてみましょう。

 

マイクロアレイという手法で遺伝子を網羅的に解析した結果、DLBCLにはGerminal center B-cell-like(GCB)群と、Activated B-cell-like(ABC)群があること、ABC群がGCB群よりも予後が不良であることが明らかになっています(Nature. 2000; 403: 503-511.)。また、このグループ分けは、免疫組織染色におけるCD10, BCL6, MUM1の陽性パターンから、より簡便に再現できることも示されました(Blood. 2004; 103: 275-282.)。

 

そして、ABC群DLBCLの予後不良を克服する試みとして、標準治療にブルトンチロシンキナーゼ阻害剤であるibrutinib(Lancet Oncol. 2014; 15: 1019-1026.)や、プロテアソーム阻害剤であるbortezomib(REMoDL-B)を組み合わせた臨床試験が実施されています。将来的には、同一疾患であっても、遺伝子要因により治療選択がより個別化していくと推測されます。

 

先にも述べましたように、真の個別化医療は遺伝子要因だけでなく、環境要因をも考慮したものであるべきです。しかし現状では、ここまで見てきたように遺伝子要因による個別化が主体となっています。

 

個人を取り巻く環境要因は極めて多様です。年齢、性別、体力、合併症の有無だけではなく、民族、認知力、性格、精神状態、学歴、職業、飲酒、喫煙、嗜好、アレルギー、血液型、出身地、居住地、経済力、加入している保険の種類、両親の有無、兄弟の有無、配偶者の有無、子供の有無、利き腕、趣味、価値観、人生観などなど、枚挙に暇がありません。

 

各論的な説明は割愛しますが、IADL、MMS、GDS、VES13、MNA、CCI、HCT-CIなどのスケールを使用して、患者の虚弱性を包括的に評価し、治療の個別化に反映させようという試みも確実に広がってきています。しかし、全ての環境因子を考慮した広義的な意味での個別化医療は、検証が困難ですし、その実現可能性は殆どないと言わざるを得ません。

 

よって、個別化医療とは、狭義的には「治療応答性に影響を与える主に遺伝子要因を考慮しつつ、個々の患者に合った治療法を提供するゲノム医療」と定義しても差し支えないと考えます。そして個別化医療もまたエビデンスの上に構築されていくものなのです。

 

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個別化医療についての理解が深まってきたと思います。少々話は変わりますが、九段クリニックの阿部博幸医師が理事長を務める国際個別化医療学会(旧国際統合医学会)という学会があります。阿部博幸医師が理事長、旧国際統合医学会などの情報から、正直頭の中に疑問符が浮かんでしまうのですが、その名称からは志の高い学会である印象を強く受けます。この学会が定めるところの個別化医療の定義を見てみましょう。

 

パーソナライズド・メディシン(個別化医療)とは、バイオテクノロジーに基づいた患者の個別診断と、治療に影響を及ぼす環境要因を考慮に入れた上で、多くの医療資源の中から個々人に対応した治療法を抽出し提供することです。

 

いささか「遺伝要因」よりも「環境要因」を強調した文章である印象は受けますが、間違ってはいないと思います。

 

個別化医療の基幹となる要素は、薬理ゲノム学やバイオマーカーのみならず、ライフスタイルや生活歴、人生観、現在の身体的問題など、患者固有の情報を浮き彫りにした個々人の医学的ポートレイトです。

 

ライフスタイル、生活歴、人生観、ポートレイトなどの曖昧なワードが並べられました。これらの情報を蔑ろにしても良いとは申しません、いや寧ろ積極的に取り入れた方が良いでしょう。しかし先にも述べましたように、全ての環境要因を客観的に評価し、科学的に判断するのは困難であり、個別化医療の守備範囲とは言えません。診断、予後・予測因子評価、包括的虚弱性評価の後に、推奨される治療を提案するところまでが個別化医療であり、そこに人生観や価値観を反映させるのは、あくまでも患者と医療者との泥臭いコミュニケーションを経るしかないと思います。

 

患者自身の基礎体力による条件などによっても複雑に変化する、個々人の医学的ポートレイトに基づく最適な治療には、コアとなる治療は当然ながら、サポートケアも含まれます。アロマテラピー、マッサージ、鍼灸、温熱療法、漢方、気功、サプリメントやビタミン療法などのサポートケアの要素をいかにコア治療へ結びつけていくか、いかにその有用性を実証していくか、これらもパーソナライズド・メディシンの実現においては重要なポイントと言えます。

 

突如として代替医療オンパレードを盛り込んできたので、驚きを通り越して吹き出しそうになりました。個別化医療の主題は「コアとなる治療」のはずですが、あからさまに「サポートケア」にすり替えています。

 

阿部博幸理事長自らが翻訳し、学会が「座右の書」としての活用を推奨している「個別化医療テキストブック」も拝読させていただきましたが、環境要因の評価方法や代替医療の提供方法の話題は微塵も出てきません。彼は本当にこの書を翻訳し理解したのかと、首を傾げるしかありません。患者を代替医療に誘導するために、意図的に個別化医療の概念を捻じ曲げているのではないか、と疑われても仕方がないレベルです。

 

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私は、国際個別化医療学会の面々が提唱するところの医学的ポートレイトに基づく「個別化医療」は、実質的には「選別化医療」あるいは「識別化医療」といったネーミングが似つかわしいと考えています。

 

「あなたみたいな標準治療だけでは心配な方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療に懐疑的な方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療の効果が低い方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療を受ける体力がない方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな時間とお金にゆとりのある方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな最期まで夢を見たい方には代替医療がおススメです!」

 

彼らは、代替医療が有効そうな患者を「個別化」しているのではなく、代替医療に親和性の高い顧客を「選別化」「識別化」しているだけに見えます。選別化、識別化した後には、それこそ根拠のない代替医療を「画一的」に行っているだけです。

 

「あなたは胃癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは肺癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは前立腺癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは悪性リンパ腫ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

 

見事なまでに画一的ではないですか。彼らはひたすらに無根拠で無節操な治療を提供する、個別化医療からは最も遠い存在です。本来、EBM個別化医療は相反するものではなく、相補的なものであるはずなのですが、「EBMは画一的だけど、個別化医療には多様性がある」という誤解があることに乗じて「個別化医療」を悪用しているようにしか見えません。

 

彼らが国際「個別化医療」学会を名乗ってしまったことによって、個別化医療の概念に「僕の医療」「私の医療」といった「ゆるふわ」「キラキラ」感が植えつけられてしまったように思うのです。個別化医療は間違いなく将来の医療の軸になってきます。その個別化医療の誤認により、誤った方向へ進みかねない事態になってしまったことに大いに失望しています。

 

私は声を大にして言いたいです。「あなた方には『個別化医療』を名乗る資格はありませんよ」と。

 

 

追記:

国際個別化医療学会の役員名簿には、ダークサイドでは高名な面々はもちろん、高久史麿医師、日野原重明医師、天野篤医師、岡野栄之医師などライトサイドの著名人も名前を連ねています。この方々は、個別化医療の主旨に賛同されているだけなのだとは思いますが、この学会の役員に名前を連ねることにより、トンデモの権威付けに手を貸してしまっている実態にお気づきなのでしょうか?

 

 

参考図書:

  1. 里見清一著 『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい解釈』 中外医学社
  2. Kewal K. Jain (著), 阿部 博幸 (翻訳) 『個別化医療テキストブック』 国際個別化医療学会

「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか?」

 

造血幹細胞移植は、主に難治性の造血器疾患を対象とした根治的治療です。そのドナー第一候補となるのは、ヒト白血球抗原(HLA)が一致した同胞です。しかし、完結出生児数が今や2にも満たなくなった日本においてはその存在確率は30%未満と推定され、実行率ともなると更に低くなると見積もられます。そのため、HLA一致同胞がいない場合には、代替ドナーを求めることになります。代替ドナーには、HLA不一致血縁者(主に同胞や親子)、非血縁ボランティア、非血縁さい帯血があり、後二者の斡旋事業は公的バンクとして日本骨髄バンク(JMDP)日本赤十字社(前身は日本さい帯血バンクネットワーク;JCBBN)が担っています。

 

公的バンクであるJMDPとJCBBNの理念は「移植を必要とするあらゆる患者に、公平かつ適正に移植医療を提供する」ことであり、それを実現するための必要条件は「十分数の登録ドナーが確保された状態を普遍的に維持する」ことにあります。

 

一方、自分の子供たちが将来、造血幹細胞移植を必要とするような病気を発症するリスクに備えて、子供たちのさい帯血を私的に保存しておくことを目的とした私的さい帯血バンクが存在します。

 

もし私的さい帯血バンクが隆盛するようなことがあれば、公的さい帯血バンクは十分数のさい帯血を確保できなくなり、その理念を実現することが難しくなります。公的バンクにとって私的さい帯血バンクは実質的な競合相手であり、歴史的にも私的さい帯血バンク批判が繰り返されてきました。

 

世界初のさい帯血移植例(N Engl J Med. 1989; 321: 1174-1178.)は『ファンコニ貧血の息子を持った母親が、妹を出産する際に、従来ならば破棄されていたはずのさい帯血を保存し、それを移植して息子の病気が克服された』という症例です。さい帯血移植が始まった理由は、紛れもなく「私的」なものでした。

 

しかし、次の子供を身ごもれない、身ごもったけれどもHLAが一致しない、HLAは一致したが十分な質ではなかった、次子も同じ疾患だった、という状況も当然あり得ます。そんな状況で「あなたのお子さんはさい帯血移植を受けることはできません。諦めてください」とは言いたくないわけです。それならば、どの子も公平にさい帯血移植を受けられる受け皿を作ろうではないか、という趣意で発足したのが公的さい帯血バンクです。

 

しかし骨髄にせよ、さい帯血にせよ、見知らぬ第三者に対する造血幹細胞の提供には、否が応にも相互扶助や利他主義の精神が求められてしまいます。そんな空気をまとった公的バンクが存在すると、私的理由で移植を希望する人たちは何だが肩身の狭い感じになってしまいます。だからと言って「私的な理由でさい帯血を保存したい」という思いまで否定してしまうのは著しくナンセンスです。

 

「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか、もしあるとすればどのような人たちにとってか?」、そういった疑問を医学的な見地から明らかにしていくことは、多少なりとも意味のあることだと思います。先日私的さい帯血バンクに関する質問を受ける機会があったものですから、現時点での見解をまとめておこうと思い立った次第です。

 

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最初に、参考としてさい帯血移植とさい帯血バンクの歴史を簡単に記載しておきます。

 

・1988年 仏で世界初の血縁者間さい帯血移植

・1994年 東海大学で日本初の血縁者間さい帯血移植

・1995年 わが国で最初の神奈川さい帯血バンク設立

・1997年 横浜市大病院でさい帯血バンクを介した最初の非血縁者間さい帯血移植

・1998年 つくばブレーンズ設立

・1999年8月 JCBBN発足で公的さい帯血バンク事業開始

・1998年8月 ステムセル研究所設立

・2004年2月 アイルが参入

・2006年8月 シービーシー設立

・2012年9月 「移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律」成立

・2014年3月 JCBBN業務が終了し、さい帯血供給事業を支援機関(日本赤十字社)が引き継ぐ

 

私的さい帯血バンクに関しては、歴史的にも公的バンク、日本造血細胞移植学会(JSHCT)、日本産婦人科医会、あるいは政治の場においてしばしば議論に挙がっています。詳細な記載は割愛しますが、関連記事をいくつか挙げておきます。

 

・JSHCT『声明文』(2002/8/19)

・JCBBN『臍帯血の私的保存に関する警告文(参照)』(2002/8/23)

厚労省厚生科学審議会疾病対策部会造血幹細胞移植委員会『臍帯血移植の安全性の確保について(健臓発8026001号)』(2002/8/26)

・日本産婦人科医会『会報』(2002/11)

・JSHCT個人会員 『私的さい帯血バンクについての公開質問状(参照)』(2009/1/24)

 *関連JSHCT『回答』(2009/2/6)  

・JCBBN『さい帯血の私的保存に対する日本さい帯血バンクネットワークの見解(参照)』(2009/10/1)

・長妻厚生労働大臣閣議後記者会見』(2009/12/22)

・日本産婦人科医会『要望書』(2010/2) 

・阿部智子衆議院議員私的さい帯血バンクの実態に関する質問主意書』(2012/7/9)

*関連:政府答弁再質問主意書更なる政府答弁

  

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私的さい帯血バンクが議論の対象になるのは、専門家たちによって幾つかの問題を抱えていると考えられているからです。今回はこれらの問題点を今一度整理することにより、預けるに値するのか否か、預けるに値するのであればどのような場合か、を考察していきたいと思います。

 

 ①適格性、安全性の技術的問題

私的さい帯血バンクで採取されたさい帯血が、細胞数や衛生面などの点で品質が担保されているのであろうか、という不安を拭うことはできません。次のような臨床研究があります。

 

Transfusion. 2010; 5: 1980-1987.

私的バンクに貯蔵されたさい帯血(184例)と公的バンクで貯蔵されたさい帯血(22,624例)の品質を比較した。結果はすべて「私的バンク vs. 公的バンク(P値)」で、さい帯血用量「60mL(5-180mL) vs. 89mL(40-304mL), P<0.0001」、総有核細胞数「4.7×108(0.3-33.8×108) vs. 10.8×108(2.1-58.4×108), P<0.0001」、CD34陽性細胞数「1.8×106(0-19.1×106) vs. 3.0××106(0.01-112.2×106), P<0.0001」、細菌汚染率「7.6% vs. 0.5%」であった。

Transfusion. 2012; 52: 2234-2242.

私的バンクに貯蔵されたさい帯血20例を解析した。さい帯血用量は19.9-170mL、総有核細胞数は0.76-33.4×108であった。適格量を超えていたものは11%のみであった。

 

いずれの研究も「仮に自己さい帯血移植の有用性が証明されたとしても、私的バンクには課題が多い」と結んでいます。

 

一方で、私的さい帯血バンクの側が安全性を向上させるための企業努力をしていることも確認することができます。ステムセル研究所は、2011年4月10日にUKAS(英国認証機関認定審議会)によってISO9001の国際品質認定を取得しています。また、アイルは2015年10月13日、ステムセル研究所は2016年2月5日にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の施設適合性立入り調査を通じて、厚生労働省から特定細胞加工物製造許可を所得しています。

 

実効性の問題

さい帯血を保存したまでは良いものの、それを使用することになる可能性はどの程度あるのでしょうか。文献的には、出生児が20歳までに造血幹細胞移植を必要とする確率は2,500人に1人〜20万人に1人(BBMT. 2008; 14: 356-363.)と推測されています。

 

万が一、造血幹細胞を必要とする事態になってしまった場合はどうでしょうか。もし適応があったとしても、私的に保存されたさい帯血を用いた移植を引き受けてくれる医療機関と主治医を見つけることができるのか、見つかっても倫理委員会の承認が得られるのか、というそもそもの障壁があります。「私的さい帯血バンクのさい帯血は使用してはならない」という学会規約や不文律がある訳ではないと思いますが、私見では保存の段階から主治医も含めた計画的なものでないと難しいと思います。

 

自己さい帯血がない、あるいは使用できない場合に、標準的な方法、つまりは血縁者間や公的バンクを介した造血幹細胞移植を受けられる可能性はどの程度でしょうか。HLA一致同胞がいる確率は推定で25-30%と言われています。またJMDPの資料によれば、近年のHLA検索適合率(HLA一致のドナーがいる)は95%前後、実際にドナー候補が見つかる確率(実行率ではない)は80%前後で推移しています。一方、適格なさい帯血が見つかる確率はどうでしょうか。2000年の北海道さい帯血バンクの調査によれば58.8%とされています(日本輸血学会雑誌. 2000; 46: 23-25.)。それから15年経過していることを考慮し、公的さい帯血バンク全体に拡大して解釈すれば更に高い確率と予想されます。自己さい帯血がなくても、血縁、非血縁ボランティア、非血縁さい帯血の何れかを用いて造血幹細胞移植を受けられる可能性は高そうです。

 

有効性の問題

私的さい帯血バンクでは、自己さい帯血では移植後の拒絶や移植片対宿主病(GVHD)のリスクがないことを利点としています。GVHDとは、移植した側の免疫担当細胞が、自己と非自己を見分けることにより、宿主側を攻撃する反応です。後天的な同種抗原への暴露、例えば妊娠や輸血などにより、免疫応答に影響が出る可能性が残りますが、自己移植においては理論上、拒絶やGVHDは起こらないと考えられます(BMT. 2014; 49: 1349-1351.)。

 

一方で、自分のさい帯血を移植することによるデメリットはないのでしょうか。通常の同種移植では、GVHDが起こると原病の再発率が低下することが知られています。これを一般的にGVL(graft-versus-leukemia/lymphoma)効果、GVT(graft-versus-tumor)効果などと呼びますが、自己さい帯血ではGVHDのリスクが少なくなる分、再発率が高くなることが懸念されます。また、造血器疾患は自分の造血幹細胞から発症するわけですから、さい帯血中にすでに前がん状態の細胞が存在している危険性も危惧されます。

 

多発性骨髄腫、悪性リンパ腫、その他固形癌(神経芽腫や胚細胞腫瘍)などの、自己移植の有効性が確立している疾患においても、出生後に自己の骨髄や末梢血幹細胞を採取することは多くの場合で可能です。

 

机上の話はここまでにして、実際に自己さい帯血を使用した症例はどの程度あるのでしょうか。自己さい帯血移植の症例報告や症例シリーズは散見される程度で、まとまった報告はありません(BMT. 1998; 21: 957-959.BMT. 1999; 24; 1041.BBMT. 2004; 10: 741-742.Pediatrics. 2007; 119: e296-e300.Pediatr Blood Cancer. 2011; 56: 1009-1012.Pediatr Transplant. 2013; 17: E104-107.Transfus Apher Sci. 2014. doi: 10.1016/j.transci.2014.12.021. )。

 

症例数が少ないため、その有効性に関してコメントのしようがありませんが、「自己さい帯血でないと罷りならん」「自己さい帯血の方がベター」と言えるだけの根拠は希薄であると考えます。

 

一方、血縁者間さい帯血移植に関しては比較的大規模な報告があります。

 

Haematologica. 2011; 96: 1700-1707.

欧州全体では1988年から2010年の間に596例の血縁者間さい帯血移植が実施されている。顆粒球生着22日、急性GVHD 12%、慢性GVHD 13%、4年生存率は腫瘍性造血器疾患で56%、非腫瘍性造血器疾患で91%であった。比較試験ではないものの、標準的移植と比べてGVHDは少なく生存は同等であると推測された。

 

しかし、対象の3分の1以上はファンコニ貧血、サラセミア、鎌状赤血球症など日本では稀な先天性造血器疾患であり、そのまま日本の事情に重ね合わせるのは少々無理があるかもしれません。その需要はもう少し過小評価する必要があると思います。但し、兄弟姉妹が移植を必要とする疾患に罹患している場合に、次子のさい帯血を移植する方法には一定のニーズがある状況は垣間見られます。また、再発時に同じ同胞ドナーからリンパ球輸注や再移植ができるかもしれない、という公的バンクを介したさい帯血移植ではありえないメリットもあります。

 

しかし、次子の出産を待てない、HLAが一致しない、採取しても品質に問題があり使用できない、次の児も同疾患に罹患している、患児が再発しなかった、などの諸々の理由で実行率は2.1%~16%程度にとどまるとも記載されています。

 

日本国内の移植実績はどうでしょうか。ある私的さい帯血バンクのHP内「移植例」には、2016年11月現在9件の移植実績があると記載があります。その各症例の詳細は不明ですが、2例の具体例を挙げています。1例は「2009年4月米国デューク大学病院で、日本人男児の脳神経障害」に対して、もう1例は「2008年3月に神戸市立医療センター中央市民病院小児科で、女児の白血病」に対して「妹さんのさい帯血」を移植した症例です。

 

後者は2009年2月に札幌で開催された第31回日本造血細胞移植学会総会の抄録で概要を知ることができます。筆頭演者は、同胞を含めた個人を指定したさい帯血の保存を公的さい帯血バンクが認めていない現状を指摘し、特殊な症例においては私的さい帯血バンクも選択肢に挙がると結んでいます。

 

2002年のJSHCT声明文の中でも「すでに家族内に血液難病の患者が存在する場合などを除き」の一文が見られます。また、カナダ産科婦人科学会ガイドライン(2005年)、米国小児科学会(2007年)、米国血液骨髄移植学会(2008年)の基本方針表明の中でも「現在進行形で造血幹細胞移植を必要としている患者の家族として新生児が誕生する際には、私的使用目的でのさい帯血保存は推奨される」といった主旨の記載が見られます(JOGC. 2005; 156: 263-274.Pediatrics. 2007; 119: 165-170.BBMT. 2008; 14: 364.)。

 

倫理的問題

もし私的さい帯血バンクが主流になった場合、公的さい帯血バンクにさい帯血が集まらなくなり、その弱体化を招きます。それは、私的さい帯血バンクを利用できる社会層の人たちだけがさい帯血移植を受けることができる、という社会へつながる危険性を孕んでいます。正しく公平性の破綻と医療格差の問題です。全世界的には、私的バンクの規模はすでに公的バンクのそれを凌駕していると考えられています(Stem Cell Rev. 2010; 6: 8-14.)。日本においても、2015年3月7日現在、公的さい帯血バンクが公表している臍帯血数が11,522ユニットであるのに対して、某私的さい帯血バンクが公表している臍帯血数は33,882ユニットです。

 

医学的には、私的さい帯血保存のメリットは決して大きなものとは言えません。しかし、実社会においてはその規模は急速に拡大しています。その背景には何があるのでしょうか。

 

カナダの医療施設が443人の妊婦に行ったさい帯血保存に関するアンケートがあります(CMAJ. 2003; 168: 695-698.)。さい帯血を保存すると仮定した場合、公的バンクを希望する割合が86%、私的バンクを希望する割合が14%であり、私的バンクを希望する理由としては、子どもへの保険・投資(90%)、もし必要になった場合に保存していなかったことに対する罪悪感(62%)、安全性(49%)、移植以外(研究など)に使用されることへの懸念(21%)などだった。

 

ここで想起されるのはパターナリズムの問題です。わが子の将来の健康を心配する親の心理は、「最初で最後のチャンスかも」「後悔するかも」といった巧みな文言によって誘導されやすい状態にあると言えます。医療者がさい帯血保存の情報を提供する際には、私心の入らない細心の配慮が必要なのです。

 

法律的問題

さい帯血の品質に問題が判明した場合の損害賠償、自己さい帯血を使用した移植例において医療訴訟が起きた場合の責任の所在、子供が成人した場合のさい帯血の所有権、独善的な理由でさい帯血移植を行う場合にも医療保険で賄うのか、私的さい帯血バンクが経営破綻した場合の保障、などの様々な問題が生じる可能性が想定されています。

 

実際に、2009年10月16日には私的さい帯血バンクの先駆けでもある、つくばブレーンズが破産するという事件が起きています。破産時にはID番号の記載がない、関連書類の不備などにより所有者が特定できないさい帯血が1,000ユニット以上存在することが明らかとなり、その杜撰な管理体制が社会問題となりました。その辺りの経緯は茨城県議会議員井出よしひろの公式ホームページこちらのブログに詳しい記載があります。

 

因みに、イタリアやフランスでは私的なさい帯血保存は法律で禁止されているようです(BBMT. 2008; 14: 356-363.)。

 

営利性の問題

米国医学研究所は、私的さい帯血バンクでは、さい帯血1ユニットにつき、採取・調整に$1,993〜2,195、保存に年間$125が必要と試算しています(Haematologica. 2011; 96: 1700-1707.)。

 

日本ではどうでしょうか。ある私的さい帯血バンクのHPでは、さい帯血1ユニットにつき「初回の分離費用140,000円、10年間の保管費用70,000円、以後は更新制」となっています。公的さい帯血バンクにおける、さい帯血の採取・調整・保存にかかる実費が分からないので、どれだけの上乗せをしているかは不明ですが、希望すれば誰でもというわけにはいかない値段と思います。

 

しかし、企業が営利を求めるのは当然です。社会全体の利益を考えた場合はどうでしょうか。費用対効果を試算した研究があります(Obstet Gynecol. 2009; 114: 848-855.)。現在の費用のままと仮定した場合、保存さい帯血110ユニットに対して1ユニット以上の使用頻度がある、あるいは現在の使用頻度のままと仮定した場合、さい帯血1ユニットあたりの経費が$262未満でないと、費用対効果はポジティブにならないとしています。

 

プロモーション方法の問題

私的さい帯血バンクでは、脳性麻痺、Ⅰ型糖尿病、外傷などの疾患における再生医療において、重要な役割を果たす期待性を宣伝しています。しかし、未だ臨床試験の域を出ていない状況であり、誇大広告・不当表示に相当するのではないか、との指摘があります。また、臨床試験が進行中ではあるものの、これらの疾患の罹患率や、これらの疾患に対する医療の進歩を見込めば、需要が爆発的に拡大するとは予想しにくいと思います。

 

iPS細胞を中心とした再生医療への期待感が大きいのは事実です。さい帯血をiPS研究に利用することを厚労省が容認したのも記憶に新しいところです。しかし、自分のさい帯血まで途端に多能性幹細胞に変身できると考えるのは早合点です。個人的な臨床経験の範囲ではありますが、さい帯血移植を受けた患者さんが若返ったとか、併存する持病まで一緒に良くなったなどの経験はありません。

 

また細胞数が少なくても「将来、培養して細胞数を増やせる」ことを確約したかのような説明が成されていることもあります。確かに、採取した細胞を増殖させる方法が研究段階にあるのは事実だと思いますが、これも現時点で確立している、あるいは将来的にほぼ確立が保証されている技術とは言えないと思います。

 

また、私的さい帯血バンクとやり取り経験のある方のブログに、担当者が契約者に出したとされるメールの転載を読むことができます。このメール自体の信憑性も不明ではありますが、「最低4本以上のカプセルに分け保管」し「複数回御利用できる」といった内容には事実確認が必要であると感じます。

 

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近年、標準的な移植方法とさい帯血移植の同等性(時には優越性)が証明されつつあり、また成人へのさい帯血移植が普及し、体格の大きい患者への複数さい帯血移植(複数ユニットのさい帯血を移植する方法)が台頭の兆しを見せています。更にさい帯血の再生医療研究への利用や、婚姻の国際化によるHLAの多様化もあり、さい帯血の需要は今後も増え続けると予想されます。また予期せぬ大規模な臨界事故などで、急遽まとまった数のさい帯血が必要になる局面もあるかもしれません。

 

拡大するであろうさい帯血需要に備えるための方法は二つあります。一つ目は「公的さい帯血バンクの充足」、二つ目は「国民皆さい帯血保存」です。どちらが現実的かつ効率的であるかは歴然としていると思います。

 

私的さい帯血バンクに医学的需要があるのは事実でもあり、その存在意義を否定することはできません。重要なのは、将来的に増大するであろうさい帯血需要に備えて、公的さい帯血バンクの健全な機能を維持しつつ、私的リクエストにも応じられる体制づくりです。

 

欧米や中国では、”Public + private combination bank”や”Donatable family bank”といったハイブリッドバンクが登場しているそうです(Nat biotechnol. 2014; 32: 318-319.)。前者は、公的さい帯血バンクが「家族間」使用目的のみ私的バンクとして扱うモデルであり、後者は私的さい帯血バンクとして保存するが、家族が希望すれば公的バンクに移管することができるモデルです。個人的には、その主旨には大いに賛同できます。

 

そして「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか、もしあるとすればどのような人たちにとってか?」の問いに結論をつけておきます。すでに専門家たちが散々言ってきたことと同じなのですが「私的さい帯血バンクには限定的な価値がある、それは出産時に造血幹細胞移植を必要とする家族がいる人たちにとって」です。その際にも、くれぐれも主治医とよく相談して計画的に行動してください。

 

但し、これは現時点での見解であり、技術的な進歩や臨床試験での新知見などのブレイクスルーが起これば、将来的には変更しなければならない可能性はあります。

 

この記事が何かの役に立つのか否かは分かりませんが、さい帯血保存のことでお悩み中の方の一助にでもなれば幸いです。

 

*その他の参照記事

2010年03月06日Newsweek日本語版「へその緒は「詐欺」のビジネス?」

2012年9月 1日月刊集中「臍帯血バンクの窮状に乗じた造血幹細胞法案の行方」

2013年12月27日「移植に用いる臍帯血の品質の確保のための基準に関する省令」

 

*追記(2016/11/7)

ある私的さい帯血バンクより、「私的さい帯血バンクの存在意義を議論する上で、個々の企業名や個人名の記載は必要ないのではないか」「安全性や宣伝方法の記載に事実に反した部分がある」といった主旨のご指摘がありました。私自身もこのご指摘に同意し、文章の一部を編集させていただきました。

「フコイダンはがん診療に使えるか?」

 

日々の検索行為の賜物なのでしょうが、私のwebブラウザは統合医療自由診療系のインターネット広告で満ち溢れています。その中で頻度の高いものの1つに「フコイダン」があります。昆布やワカメやモズクといった海藻類に由来する天然化合物です。患者さんからフコイダンに対する意見を求められたことも1度や2度ではすみません。私のはてなブログページにも頻出するので少々困惑しています。

 

フコイダンの守備範囲の広さはイチロー級、という専らの触れこみです。そこに「がん」が含まれていることは言うまでもありません。何を隠そう「ハゲしいな!桜井くん」世代の私にも根深い海藻信仰がありまして、口に入れる度に「元気な髪の毛生えてこい!」などと条件反射的に期待してしまうのです。だからと言ってがん患者さんに対して、無条件にフコイダン推しをすることは医師としての矜持が許しません。

 

フコイダンの抗がん作用にお墨付きを与え、その界隈において「第一人者」と呼ばれている研究者たちがいます。代表的な方々を挙げてみます。

九州大学大学院細胞制御工学教室教授 白畑實隆

・札幌医薬研究所所長、元札幌医科大学附属臨海医学研究所副所長 高橋延昭

琉球大学農学部糖鎖科学研究室教授 田幸正邦

・ハイドロックス株式会社主席開発責任者、元ボストン大学医学部客員教授 大石一二三

・九段クリニック理事長、トーマス・ジェファーソン大学客員教授、国際個別化医療学会理事長 阿部博幸

 

これらの「第一人者」たちは、web上では雄弁にフコイダンの抗がん作用を語っています。しかし肝心の根拠といったら、良くて学会発表、ほとんどが持論といった惨状で、耳目に値するものにはなかなか出会うことができません。

 

そんな中で、白畑實隆教授が精力的に英語の論文(全4報)を執筆しています。確認してみます(結果の羅列で大変に読みづらいです(-_-;)。いずれもフリーダウンロード可能です)。

 

 

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Enzyme-digested fucoidan extracts derived from seaweed Mozuku of Cladosiphon novae-caledoniae kylin inhibit invasion and angiogenesis of tumor cells. Cytotechnology. 2005; 47: 117-126.

 

f:id:ASIA11:20150223194254p:plain

 

Fucoidan Extract Induces Apoptosis in MCF-7 Cells via a Mechanism Involving the ROS-Dependent JNK Activation and Mitochondria-Mediated Pathways. PLoS One. 2011; 6: e27441.

 

f:id:ASIA11:20150223194315p:plain

 

Induction of apoptosis by low-molecular-weight fucoidan through calcium- and caspase-dependent mitochondrial pathways in MDA-MB-231 breast cancer cells. Biosci Biotechnol Biochem. 2013; 77: 235-242.

 

f:id:ASIA11:20150223194355p:plain

 

Fucoidan extract enhances the anti-cancer activity of chemotherapeutic agents in MDA-MB-231 and MCF-7 breast cancer cells. Mar Drugs. 2013; 11: 81-98.

 

f:id:ASIA11:20150223194433p:plain

 

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正直に申し上げてこの手の基礎研究には疎いのですが、ある物質にがん細胞を死滅させるポテンシャルがあることを示す試験管研究としてはオーソドックスなものだと思います。そして、そのメカニズムを明らかにする作業は、基礎医学においては重要な工程であり、一定の評価が与えられる仕事だとは思います。

 

しかし、白畑論文を読んだ感想は、「フコイダンが滅菌シャーレ内では乳がん細胞を減らしめることは良く分かりました。で?」くらいのものです。2005年に明らかにした試験管での抗がん作用が、2013年になっても依然としてその枠を出ていません。代わり映えのしない実験を繰り返して、業績リストを潤すことで悦に入っているように見えてしまうだけで、10年近く何ら進歩していないのが実情です。

 

通常、抗がん剤として有望な物質は、試験管から動物、動物から人間へと試験対象を移していきます。人間のステージまで進んだとしても、第一相臨床試験に始まり、第三相臨床試験までをクリアしなければ、原則としては承認申請も販売もされることはありません。ハードルは途轍もなく高いのです。

 

しかし、「第一人者」たちは例外なく、洋々たるはずのフコイダンを医薬品への道に進ませることなく、健康食品として販売促進する道を選びました。皮肉にも、その選択こそが「第一人者」たちがフコイダンを医薬品候補として見限っている証左に他ならないのです。ひと度そちら側に足を踏み入れてしまった以上、「第一人者」たちにとっては代替医療のままでいる方が便宜を得ることができます。今後も、壊れたテープレコーダーのように繰り返し学会発表と試験管研究だけを喧伝し続けることでしょう。

 

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「第一人者」たちに任せていたら、フコイダンが標準医療に取り込まれる日は未来永劫やってきません。世の中にはステージを進んでいるフコイダン研究はあるのでしょうか?古くは1993年からマウスを中心とした動物実験において、フコイダンが抗がん作用を示した報告が散見されます。

PLoS One. 2014; 9: e106071., Oncotarget. 2014; 5: 7870-7885., Evid Based Complement Alternat Med. 2013; 2013: 692549. , Carcinogenesis 2013, 34, 874–884., Nutr. Cancer 2013, 65, 460–468., Mar. Drugs 2012, 10, 2337–2348., PLoS One 2012, 7, e43483., Int. J. Oncol. 2012, 40, 251–260., Bull. Exp. Biol. Med. 2007, 143, 730–732., Planta Med. 2006, 72, 1415–1417., In Vivo. 2003; 17: 245-249., Bioscience, Biotechnology and Biochemistry. 1995; 59: 563-567., Anticancer Research. 1993; 13: 2045–2052.

 

がん患者さんを対象とした臨床試験はどうでしょうか。PubMedでは鳥取大学医学部からの1報しか見つけることができませんでした(Oncol Lett. 2011; 2 : 319-322. )。

 

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二重盲検ではない(プラセボ群との比較でない)、mFOLFOX6あるいはFOLFIRIを受ける患者で各々フコイダンがランダム化されているわけではない、生存の「改善傾向」の表現に無理がある(P=0.314)、対象人数が少な過ぎる、にも関わらず95%信頼区間の記載がない、選択バイアスが否定できない、などの問題があり、残念ながらエビデンスの質としては高いとは言えません。

 

では、がん患者さんを対象とした現在進行形の臨床試験はあるのでしょうか。米国の臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)の検索では見つけることができませんでした。一方、日本の臨床試験登録システム(UMIN Clinical Trials Registry)の検索では2つの研究が見つかりました。鳥取大の研究といい、フコイダン研究は日本が先進的であることが示唆されます。

 

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何れも単群の介入試験で、主要評価項目も奏効率や生存率ではなく、サロゲートマーカーの推移、安全性、QOL評価にとどまっており、仮に完遂・論文化されたとしても、フコイダンの標準化への道は遠く険しいと言わざるを得ません。

 

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ここまで見てきたように、フコイダンの抗がん作用の根拠は非常に脆弱なものです。それにも拘わらず、「第一人者」たちは滅菌シャーレ内の細胞とがん患者さんを、おそらくは意図的に同一視して、「フコイダンはあなたのがんにも効くかもしれません」と詭弁を弄しています。

 

これは私見ですが、天然化合物を用いた研究には、「自然志向のマスコミや一般人のウケが良い」、「数ある中から目新しいものを選べば、技術的にも予算的にも優しい試験管研究だけで論文(業績)化し易い」、という魅力があるのだと思います。それに、企業の広告塔にでもなれば、少なからずマージンを受け取ることができるのかもしれません。

 

だからこそ、卑俗な研究者たちが流入しやすい領域とも言えます。本気でフコイダンを臨床の場に持ち込んでやろうなんて気概のある研究者なんてファンタジーでしょ、と訝しみたくもなります。ちなみに、天然化合物から派生した医薬品は抗がん剤も含め数多く、フコイダンの商売をしているお歴々のことは盛大に非難しますが、フコイダンの研究をしている方々のことは敢然と支持します、と念のために明記しておきます。

 

実臨床において、がん患者さんの診療には迷いと悩みが尽きることがありません。臨床医には、その迷いと悩みを少しでも解決してくれる方法があれば、いつでも飛付く準備があります。しかし現時点では、フコイダンは飛付くに値しない代物としか言いようがないのです。

 

フコイダン業界では、「ナノ」やら「低分子」やら「高分子」やらを謳って、余所との差別化を図る戦略が主流となっていますが、目クソが鼻クソを笑う茶番劇としか映りません。目クソや鼻クソのために可惜お金や時間を費やすのは徒消です。

 

「第一人者」たちが、フコイダンのことを「がん患者に有益」な物質ではなく、「自分(の業績と売名と私服)に有益」なツールとでも考えているのはほぼ間違いないと思います。本当の意味でフコイダンを愚弄しているのは、他ならぬ「第一人者」たちなのです。

 

怪しげな代替医療が蔓延る背景には、臨床試験の改竄、論文の捏造、そして稚拙な医療事故など、標準医療側が抱える信用問題も少なからずあります。私個人にしても、トンデモを批判するだけでなく、日々の診療の中で信用を高める努力を続けていきたいものです。

朝日新聞の「ビタミンCで放射線障害軽減」報道に思うこと

 

2015年2月5日木曜日に、朝日新聞「ビタミンCで放射線障害軽減 防衛医科大、マウスで実験」という記事を掲載しました。防衛医科大学の木下学准教授の研究グループから科学雑誌PLOS ONEに発表された論文です。「致死量の放射線被曝させたマウスにビタミンCを投与したところ生存率が改善した」という主旨です。

 

ビタミンCのような身近で安価で比較的に安全と言われている物質を使って、致死量あるいは障害を生じるような放射線被曝してしまった人を救うことができるのであれば、それは心から歓迎されるべきことです。

 

同研究グループでは、予てからビタミンCの放射線障害に対する保護効果を研究されており、その成果を一歩々々着実に進歩させていていることが分かります。

J Radiat Res. 2010; 51: 145-156.

(Pretreatment with ascorbic acid prevents lethal gastrointestinal syndrome in mice receiving a massive amount of radiation.)

Int J Mol Sci. 2013; 14: 19618-19635.

(A combination of pre- and post-exposure ascorbic acid rescues mice from radiation-induced lethal gastrointestinal damage.)

非常に評価できますし、是非とも今後も研究を進展させて、実用的な放射線被曝後のビタミンCの使用方法の確立を目指して欲しいと衷心より思います。

 

しかし、ちょっと待ってください。この「致死量の放射線被曝させたマウスにビタミンCを投与したところ生存率が改善した」というこの論文は、本当に朝日新聞といった全国紙レベルで大きく取り上げるべき論文なのでしょうか? 十八番の先走り報道である可能性はないでしょうか?

 

PLOS ONEはオープンジャーナルで誰でも読むことができますので、実際に読んでみたいと思います。

 

 

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掲載論文はこちらです。

PLoS One. 2015; 10: e0117020.

(Treatment of irradiated mice with high-dose ascorbic Acid reduced lethality.)

 

【方法】

・生後8週のオスのC57BL/6マウスに各々7, 7.5, 8Gyの全身放射線照射(WBI)を実施した。

・ビタミンC(アスコルビン酸)を生理食塩水で溶解し (60mg/mL)、炭酸水素ナトリウムを加えてpH 7.35に調整したものを、WBI前と後(1, 6, 12, 24, 36, 48時間)にビタミンC量で1〜4.5g/kg投与した。生理食塩水のみのものを対照とした。

・WBI前後の血球計算、血漿ビタミンC濃度、総ヒドロペルオキシド(酸化マーカー)、BAP(biological antioxidant power; 抗酸化マーカー)、IL-1β/IL-6/TNF-α/IFN-γ(炎症性サイトカイン)を経時的に測定した。

・また、WBI後の骨髄のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色とカスパーゼ3(アポトーシスマーカー)免疫染色を実施した。

 

【結果】

・WBI後の60日生存率(図1)

7Gy照射モデルでは、対照群67%に対して、WBI直後にビタミンC 3g/kgを投与した群では100%に改善した(p<0.01, 図1A)。しかし、投与量を1〜2g/kgにした場合には、生存率の改善効果は得られなかった(図1A) 。

7.5Gy照射モデルにおいても、対照群47%に対して生存率は有意に改善した(p<0.01; 図1B)。しかし、投与量を4.5g/kgにした場合には、投与後1日で過半数が死亡し逆に生存率は悪化した(図1B)。因みにWBIを実施しなかったマウスにおいても投与量が4.5g/kgの場合には、投与後1日で過半数が死亡した(図表の提示なし)。

8Gy照射モデルでは対照群0%に対して、投与群では20%に改善した(統計学的検定データの提示なし; 図1C)。しかし、WBI前の同量のビタミンC投与では生存率65%とより高い改善効果が得られた(vs.対照群 p<0.01; vs. WBI後投与群 p<0.05; 図1C)。7.5Gyモデルと同様に、投与量を4g/kgと4.5g/kgにした場合にも生存率は各々13%と0%であり、改善効果は見られなかった(図表の提示なし)。

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WBI後の血球計算の推移(図2

WBI 7.5Gyおよび8Gy照射後14日目までは、造血機能に対照群とビタミンC 3g/kg投与群で有意差を認めないが、14日目を超えるとビタミンC投与群において有意に造血能の回復が促進された。

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・WBI後の骨髄(図3)

WBI後14日目の骨髄のHE染色では、対照群(図3A, C)では造血細胞が殆ど見られないのに対して、ビタミンC 3g/kg投与した群(図3B, D)では造血細胞が保持されていた。7.5Gy照射モデルでも同様の所見が見られた(図表の提示なし)。

WBI後6時間の骨髄のカスパーゼ3免疫染色では、対照群(図3E)では陽性細胞が200倍視野で51±6細胞であったのに対して、ビタミンC 3g/kg投与した群(図3F)では28±3細胞(p<0.01)であった。

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・ビタミンC投与後の血中ビタミンC濃度とBAP活性の動態(表1

ビタミンC 3g/kg投与後、血中ビタミンC濃度は30分後にピークとなり、1時間後も高濃度を維持したが、2時間後には急激に低下した(7.5Gy照射群:120±38 μg/L, 未照射群:188±27μg/L)。この傾向にはWBIの有無の影響は見られなかった。

BAP(抗酸化マーカー)活性は、ビタミンC 3g/kg投与後30分でピークとなり、1時間後には定常状態まで低下した。

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WBI後の血中炎症性サイトカイン濃度の推移(図4

WBI 7.5Gy照射後、炎症性サイトカインは7日目には上昇し始め、14日目には更に増加する。ビタミンC 3g/kgの投与群ではIL-1βとIL-6の14日目の増加が有意に抑制された。TNF-αの抑制は見られなかったが、IFN-γは抑制傾向であった。

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WBI後のビタミンC投与までの時間(図5

WBI後のビタミンC 3g/kgの投与が24時間以内であれば、生存率の改善効果は見られたが(図5A)、36時間以降では見られなかった(図5B)。

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・ビタミンC分割投与の効果(図6

WBI 7.5Gy照射後、1.5g/kgのビタミンCを照射直後と24時間後に分割投与する方法でも、3g/kgの単回投与と同様の生存率改善効果が得られた(図6A)。照射直後の1.5g/kg単回投与では同様の効果は得られなかった(図表の提示なし)。

また、WBI 7.5Gy照射後、ビタミンC の1.5g/kg分割投与と3g/kgの単回投与では、同等の血中活性酸素の抑制作用が得られた(図6B)。

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以上です。

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放射線による骨髄急性障害に対する、ビタミンCの抗酸化作用、抗炎症作用などを伴う骨髄保護効果を示唆した研究です。今後の人間への応用やより良い投与方法の確立へ期待できる内容と思いました。

 

しかしよく考えてくだい。これはあくまでもマウスでの動物実験です。ビタミンCの投与方法も腹腔内投与です。照射前ビタミンC投与の方が効果的だった、1〜2g/kgの投与では効果がなかった、4g/kg以上の投与では逆に早死が増えた、24時間を越えた場合には効果が喪失した、などのネガティブデータの記載もあります。またビタミンCによる有害事象の検討はされていません。この研究を人間に応用するためにはまだまだ超えなくてはならないハードルや課題が多いと言わざるを得ません。

 

一方、実際の記事の中で、この研究に対して指摘(?)した問題点は「ただ、今回の量は体重60キロの人だと180グラムにも相当する」という一文のみというお粗末なものです。

 

そもそも全身に7.5Gyとか8Gyの放射線被曝するような状況は、造血幹細胞移植や臨界事故など極々限られたポピュレーションの話であって、福島第一原発事故を連想させたり、大衆化して消費したりするような内容ではないのです。

 

この世には「高濃度ビタミンC点滴」という詐欺まがいの自由診療で商売をしている厚顔無恥な医療者が五万と存在します。真に忸怩たる思いではありますが、「この未来ある研究は、現時点ではそれらの詐欺師たちが私腹を肥やす一助にしかならない」、というのが私見です。未来ある研究は、エンターテインメントや娯楽ではなく、科学的に粛々と進歩したり淘汰されたりすれば良いのです。STAP細胞事件で思い知ったはずです。

 

朝日新聞に対しては「著名な全国紙が軽薄で愚劣な医療者を後押しするような報道をする目的は何のか!」と小一時間問い詰めたい思いです。百歩譲って報道するとしても、センセーショナルな結語だけではなく、正確な研究内容、ネガティブデータ、現時点での位置づけ、人間への応用ための問題点や課題なども、誰にでも分かるように整然と併記して欲しいです。余程の慎重を期さないと「ビタミンCが」という主語と「放射線障害を防護する」という結語だけが一人歩きしてしまうのです。それができないのなら本当に余計なことをするのは止めてください。

 

ビタミンCが容易に入手したり容易にアクセスできるものだからこそ、その情報提供にはより慎重になって欲しいのです。私は、朝日新聞のこの記事を読んだ科学リテラシーが高いとは言い難い方々や過度に放射線障害に不安を持った方々が、ビタミンCのサプリメントを買い求めたり、自由診療系クリニックの門を叩いたりしてしまう事態が起こることを切に危惧しています。

「サリドマイドは固形がんにも有効なのか?」

サリドマイドをご存知の方は多いと思います。

 

私はタイムリーにその時代を生きていたわけではないのですが、ものの資料によれば「1950年代後半から1960年代前半に、胎児奇形という重大な薬害事件を引き起こし、一度は医療現場から姿を消したが、事件から40年が過ぎ、人々からその記憶が風化しようとしたところに、新たな薬効が注目され、医療現場に再び登場してきた」という経緯の薬剤です。

 

新たな薬効とは、まさにテーマにあげた「抗腫瘍効果」であり、実際に多発性骨髄腫においては国内でも2008年10月に認可され、現在は標準治療の一つとなっています。

 

 

サリドマイドの多発性骨髄腫に対する抗腫瘍効果のメカニズムとしては、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)や血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を介した血管新生を抑制する「抗血管新生作用」、腫瘍壊死因子(TNF-α)やインターロイキン(IL-6, IL-12)などの合成を抑制する「免疫調節作用」などが想定されています。

 

「血管新生を阻害する作用があるならば、血管に富んだ固形がんにも必ずや有効なはずだ」との仮説のもと、多発性骨髄腫以外の固形がんにおいても数多の研究によりその効果が吟味されています。細胞や動物を対象とした実験室レベルの研究まで網羅しようとするとかなりの数に上りますが、担がん患者を対象とした症例報告や臨床試験は、私個人がpubmedでレビューした範囲では213報見つけることができました(2014年7月2日時点)。下にまとめたPDFファイルを貼りつけておきます。

https://www.evernote.com/shard/s63/sh/a52f260d-471e-4db0-9799-d2f5e593fec4/7c9b6d5fbf71334370f356e3696f4845

 

 

しかしながら、固形がんに対するサリドマイドの臨床的効果については確固としたエビデンスがなく、未だに試験的治療の立場から脱却できていないのが現状です。にもかかわらず、各種がんに対して実際にサリドマイドを処方している自由診療系の医療機関があります。「銀座東京クリニック」がそれです。

 

銀座東京クリニックのサリドマイドに関するページを覗いてみます。

サリドマイド(Thalidomide)の抗がん作用について

サリドマイドをめぐる諸問題

サリドマイドの作用メカニズムについて

サリドマイドが有効な固形がん

などの項目に分け、非常に詳しく記載されています。

 

サリドマイドが有効な固形がん」のページでは、多くの臨床試験の論文が紹介されています。一見するとポジティブデータのみならず、ネガティブデータも記載し、いわゆる両論併記の体裁をとっていて非常に公平な印象を受けます。しかしながら、実際に過去の固形がんに対するサリドマイド臨床試験の結果をレビューしてみると、意図的であるのか否かは分かりかねますが、情報操作の疑いを禁じ得ません。

 

銀座東京クリニックのホームページでは(若干の数え間違いがあるかもしれませんが)、肯定的な論文として32報、否定的な論文として19報を紹介しています(一部重複して紹介している論文あり)。しかし、私が調べ得た範囲では、実際には否定的な論文の方が多数であることが分かります。症例報告は除きますが、肯定的あるいは否定的ではない論文が73報、否定的な論文が99報でした。検定するまでもなく、提示した情報のサンプリングに明らかな偏りがあると言えます。

 

銀座東京クリニックの説明では、サリドマイドの効果があたかも「フィフティーフィフティー、あるいはそれ以上」であるかの印象を受けてしまいますが、実際には明確な効果を期待するのは非常に困難であると感じます。しかも、ネガティブデータを提示することによって、「それでもあなたが希望するならお手伝いしますよ」と患者主導のスタンス、言い換えれば責任の所在を患者側に置くスタンスを明確にすることができます。

 

また報告数自体も2000年から増加傾向を示し、2007年には年間30報とピークを迎えますが、それを境にやや減少傾向にある印象です(下図)。サリドマイドに対する期待感が幾分薄れてきていることの証左かもしれません。

 

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もちろん、単純な数の問題ではありません。しかし、前に貼り付けたまとめをご覧いただければ、ランダム化比較試験やメタ解析などの一般的に質が高いと言われる解析ほど、サリドマイドの抗腫瘍効果に関しては否定的な結論となっていることが分かります。

 

各論的には色々と異論があるとは承知のうえで、総じて言わせていただければ「単剤で期待できそうなのはカポジ肉腫くらい。その他では標準治療との併用が必要そうだが、血栓症などの副作用は確実に高まりそう。併用により幾ばくかの意義が得られる可能性はあり得るけれども、トレードオフとしては分が悪そう」となるかと思います。

 

 

しかも、ごく最近になって身も蓋もないことが明らかになってきました。

 

サリドマイドの催奇形性には、その標的蛋白であるセレブロンが関与していることが知られています(Science. 2010; 327: 1345-1350.)。セレブロンはDDB1, Roc1, Cul4Aといった蛋白質と共にE3ユビキチンリガーゼ複合体を形成します。典型的なキナーゼが、特定の標的蛋白質をリン酸化する酵素であるのに対し、ユビキチンリガーゼは標的とする蛋白質にユビキチンを付加する酵素です。その蛋白質の分解や細胞内シグナルとしての活性化を付加し、基質蛋白質およびその下流分子の量と質を変化させています。サリドマイドはそのセレブロンに結合しユビキチンリガーゼの酵素活性を変化させることによって、その下流にあるbFGF, VEGF, TNF-α, IL-6, IL-12といった蛋白を介して抗血管新生作用、免疫調整作用などを制御し、最終的な抗腫瘍効果を発揮していると考えられてきました。

 

ところが、サリドマイドが結合したセレブロンは、多発性骨髄腫細胞の過剰増殖に寄与しているB細胞転写因子であるIkaros family zinc finger(IKZF1, IKZF3)を分解の標的としていること(Science. 2014 ; 343 : 301-305.)、そしてその抗腫瘍効果の発現にはIKZF1とIKZF3の下方制御が必要かつ十分条件である(Science. 2014; 343: 305-309.)、といった報告が相次いでいます。

 

繰り返しになりますが、固形がんに対するサリドマイドの抗腫瘍効果は、「多発性骨髄腫におけるそれと同様に抗血管新生作用や免疫調整作用に基づいているので必ずや存在するはず」との仮説によって支えられてきました。しかしながら、サリドマイドの多発性骨髄腫のおける抗腫瘍効果は、抗血管新生作用や免疫調整作用が主体ではなく、B細胞性腫瘍に特異的な機序による可能性が示唆されたわけです。

 

 

また、血管新生の阻害を目的とするならば、VEGFに対するモノクローナル抗体であるベバシズマブ(アバスチン®)という標準的な治療薬がすでにあり、何が何でもサリドマイドではならない理由はないように思います。

 

 

唯一認可されている多発性骨髄腫(及びらい性結節性紅斑)においても、二度と同じ薬害を繰り返さないために、サリドマイドに関する情報提供、教育、登録、中央一元管理、評価を重要な構成要素とする「サリドマイド製剤安全管理手順(Thalidomide Education and Risk Management System: TERMS®)」の遵守が義務付けられています。サリドマイドを処方する血液内科医(及び皮膚科医)もサリドマイドの処方を受ける患者も全例登録制となっており、1カプセルたりとも所在不明のサリドマイドがないように徹底した管理が求められています。

 

標準治療においては厳格な薬剤管理が求められている一方で、自由診療においては無法的で杜撰な使用がなされているこの現状には大いに疑問を抱かざるを得ません。自由診療サリドマイドを処方している方々のみならず、それを見て見ぬふりをしている行政にも不信感を拭うことができません。海外においてではありますが、サリドマイドによる薬害は決して過去のものではなく、現在進行形の社会問題なのです。

http://www.bbc.com/news/magazine-23418102

 

 

それでも、何が何でもサリドマイドを試してみたい場合には、是非とも主治医に相談してみてください。「話せば否定されるに違いない」と主治医の与り知らぬところで使用するのはとても危険な行為と思います。サリドマイド以外で納得できる方法や、施設内倫理委員会の承認のもと個人輸入したサリドマイドを標準治療と併用する道を模索することはできると思います。

 

何かトラブルが生じた際に、銀座東京クリニックの医者があなたを助けてくれる保証は全くありません、いや恐らく助けてくれないと思います。

 

なお、サリドマイドの費用に関する記載は見つけることができませんでした。