yocinovのオルタナティブ探訪

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「サリドマイドは固形がんにも有効なのか?」

サリドマイドをご存知の方は多いと思います。

 

私はタイムリーにその時代を生きていたわけではないのですが、ものの資料によれば「1950年代後半から1960年代前半に、胎児奇形という重大な薬害事件を引き起こし、一度は医療現場から姿を消したが、事件から40年が過ぎ、人々からその記憶が風化しようとしたところに、新たな薬効が注目され、医療現場に再び登場してきた」という経緯の薬剤です。

 

新たな薬効とは、まさにテーマにあげた「抗腫瘍効果」であり、実際に多発性骨髄腫においては国内でも2008年10月に認可され、現在は標準治療の一つとなっています。

 

 

サリドマイドの多発性骨髄腫に対する抗腫瘍効果のメカニズムとしては、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)や血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を介した血管新生を抑制する「抗血管新生作用」、腫瘍壊死因子(TNF-α)やインターロイキン(IL-6, IL-12)などの合成を抑制する「免疫調節作用」などが想定されています。

 

「血管新生を阻害する作用があるならば、血管に富んだ固形がんにも必ずや有効なはずだ」との仮説のもと、多発性骨髄腫以外の固形がんにおいても数多の研究によりその効果が吟味されています。細胞や動物を対象とした実験室レベルの研究まで網羅しようとするとかなりの数に上りますが、担がん患者を対象とした症例報告や臨床試験は、私個人がpubmedでレビューした範囲では213報見つけることができました(2014年7月2日時点)。下にまとめたPDFファイルを貼りつけておきます。

https://www.evernote.com/shard/s63/sh/a52f260d-471e-4db0-9799-d2f5e593fec4/7c9b6d5fbf71334370f356e3696f4845

 

 

しかしながら、固形がんに対するサリドマイドの臨床的効果については確固としたエビデンスがなく、未だに試験的治療の立場から脱却できていないのが現状です。にもかかわらず、各種がんに対して実際にサリドマイドを処方している自由診療系の医療機関があります。「銀座東京クリニック」がそれです。

 

銀座東京クリニックのサリドマイドに関するページを覗いてみます。

サリドマイド(Thalidomide)の抗がん作用について

サリドマイドをめぐる諸問題

サリドマイドの作用メカニズムについて

サリドマイドが有効な固形がん

などの項目に分け、非常に詳しく記載されています。

 

サリドマイドが有効な固形がん」のページでは、多くの臨床試験の論文が紹介されています。一見するとポジティブデータのみならず、ネガティブデータも記載し、いわゆる両論併記の体裁をとっていて非常に公平な印象を受けます。しかしながら、実際に過去の固形がんに対するサリドマイド臨床試験の結果をレビューしてみると、意図的であるのか否かは分かりかねますが、情報操作の疑いを禁じ得ません。

 

銀座東京クリニックのホームページでは(若干の数え間違いがあるかもしれませんが)、肯定的な論文として32報、否定的な論文として19報を紹介しています(一部重複して紹介している論文あり)。しかし、私が調べ得た範囲では、実際には否定的な論文の方が多数であることが分かります。症例報告は除きますが、肯定的あるいは否定的ではない論文が73報、否定的な論文が99報でした。検定するまでもなく、提示した情報のサンプリングに明らかな偏りがあると言えます。

 

銀座東京クリニックの説明では、サリドマイドの効果があたかも「フィフティーフィフティー、あるいはそれ以上」であるかの印象を受けてしまいますが、実際には明確な効果を期待するのは非常に困難であると感じます。しかも、ネガティブデータを提示することによって、「それでもあなたが希望するならお手伝いしますよ」と患者主導のスタンス、言い換えれば責任の所在を患者側に置くスタンスを明確にすることができます。

 

また報告数自体も2000年から増加傾向を示し、2007年には年間30報とピークを迎えますが、それを境にやや減少傾向にある印象です(下図)。サリドマイドに対する期待感が幾分薄れてきていることの証左かもしれません。

 

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もちろん、単純な数の問題ではありません。しかし、前に貼り付けたまとめをご覧いただければ、ランダム化比較試験やメタ解析などの一般的に質が高いと言われる解析ほど、サリドマイドの抗腫瘍効果に関しては否定的な結論となっていることが分かります。

 

各論的には色々と異論があるとは承知のうえで、総じて言わせていただければ「単剤で期待できそうなのはカポジ肉腫くらい。その他では標準治療との併用が必要そうだが、血栓症などの副作用は確実に高まりそう。併用により幾ばくかの意義が得られる可能性はあり得るけれども、トレードオフとしては分が悪そう」となるかと思います。

 

 

しかも、ごく最近になって身も蓋もないことが明らかになってきました。

 

サリドマイドの催奇形性には、その標的蛋白であるセレブロンが関与していることが知られています(Science. 2010; 327: 1345-1350.)。セレブロンはDDB1, Roc1, Cul4Aといった蛋白質と共にE3ユビキチンリガーゼ複合体を形成します。典型的なキナーゼが、特定の標的蛋白質をリン酸化する酵素であるのに対し、ユビキチンリガーゼは標的とする蛋白質にユビキチンを付加する酵素です。その蛋白質の分解や細胞内シグナルとしての活性化を付加し、基質蛋白質およびその下流分子の量と質を変化させています。サリドマイドはそのセレブロンに結合しユビキチンリガーゼの酵素活性を変化させることによって、その下流にあるbFGF, VEGF, TNF-α, IL-6, IL-12といった蛋白を介して抗血管新生作用、免疫調整作用などを制御し、最終的な抗腫瘍効果を発揮していると考えられてきました。

 

ところが、サリドマイドが結合したセレブロンは、多発性骨髄腫細胞の過剰増殖に寄与しているB細胞転写因子であるIkaros family zinc finger(IKZF1, IKZF3)を分解の標的としていること(Science. 2014 ; 343 : 301-305.)、そしてその抗腫瘍効果の発現にはIKZF1とIKZF3の下方制御が必要かつ十分条件である(Science. 2014; 343: 305-309.)、といった報告が相次いでいます。

 

繰り返しになりますが、固形がんに対するサリドマイドの抗腫瘍効果は、「多発性骨髄腫におけるそれと同様に抗血管新生作用や免疫調整作用に基づいているので必ずや存在するはず」との仮説によって支えられてきました。しかしながら、サリドマイドの多発性骨髄腫のおける抗腫瘍効果は、抗血管新生作用や免疫調整作用が主体ではなく、B細胞性腫瘍に特異的な機序による可能性が示唆されたわけです。

 

 

また、血管新生の阻害を目的とするならば、VEGFに対するモノクローナル抗体であるベバシズマブ(アバスチン®)という標準的な治療薬がすでにあり、何が何でもサリドマイドではならない理由はないように思います。

 

 

唯一認可されている多発性骨髄腫(及びらい性結節性紅斑)においても、二度と同じ薬害を繰り返さないために、サリドマイドに関する情報提供、教育、登録、中央一元管理、評価を重要な構成要素とする「サリドマイド製剤安全管理手順(Thalidomide Education and Risk Management System: TERMS®)」の遵守が義務付けられています。サリドマイドを処方する血液内科医(及び皮膚科医)もサリドマイドの処方を受ける患者も全例登録制となっており、1カプセルたりとも所在不明のサリドマイドがないように徹底した管理が求められています。

 

標準治療においては厳格な薬剤管理が求められている一方で、自由診療においては無法的で杜撰な使用がなされているこの現状には大いに疑問を抱かざるを得ません。自由診療サリドマイドを処方している方々のみならず、それを見て見ぬふりをしている行政にも不信感を拭うことができません。海外においてではありますが、サリドマイドによる薬害は決して過去のものではなく、現在進行形の社会問題なのです。

http://www.bbc.com/news/magazine-23418102

 

 

それでも、何が何でもサリドマイドを試してみたい場合には、是非とも主治医に相談してみてください。「話せば否定されるに違いない」と主治医の与り知らぬところで使用するのはとても危険な行為と思います。サリドマイド以外で納得できる方法や、施設内倫理委員会の承認のもと個人輸入したサリドマイドを標準治療と併用する道を模索することはできると思います。

 

何かトラブルが生じた際に、銀座東京クリニックの医者があなたを助けてくれる保証は全くありません、いや恐らく助けてくれないと思います。

 

なお、サリドマイドの費用に関する記載は見つけることができませんでした。