yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「私が実践している補完医療を紹介してみる」

 

「お前はブログで代替医療や補完医療の批判ばかりしているが、ただの代替補完医療否定論者ではないのか?」というご指摘をいただいたことがあります。

 

私のモットーはブログのサブタイトルにも掲げているように、「安価で安全な代替・補完医療を求めて」であり、代替・補完医療そのものの否定を主義主張にはしておりません。しかし、ネットで拾うことができる代替・補完医療の情報には不適切なものが著しく多いため、必然的に批判的な態度になりがちなのだと自己分析しています。

 

何を隠そう、血液内科医として総合病院に勤務している私自身にも、日常診療において補完医療を導入している局面が少なからずあります。私が患者さんに勧めている補完医療の採用基準を以下に示しますが、いたってシンプルです。

 

 

今回は、私が実践している補完医療をご紹介させていただこうと思います。

 

 

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睡眠

 

Sleep disruption impairs haematopoietic stem cell transplantation in mice.

Nat Commun. 2015; 6: 8516.

 

アメリカはスタンフォード大からの報告です。論文タイトルからもわかりますが動物実験です。動物実験の結果が人間においても再現される保証は全くありません。通常であれば、動物実験の結果を鵜呑みにして実践するのは非常に危うい行為です。しかし、今回は敢えて紹介させていただきます。

 

睡眠時間の長いマウスと、睡眠時間の短いマウスから造血幹細胞を採取し、その性質を比較する実験を行いました。長時間睡眠群では、成長ホルモンの増加などを介して、造血幹細胞の遊走能や骨髄へのホーミング能が向上することが示唆されました。そしてその造血幹細胞を使用して移植を実施すると、長時間睡眠群の方がドナー造血の再構築が迅速になることも示されています。

 

私はこの報告をもって、自家末梢血幹細胞移植を控えている患者さんや、同種造血細胞移植のドナーさんに、「造血細胞採取の前日は、夜更かしせずに十分に休んでくださいね」と助言することにしています。

 

ただし冒頭に申し上げたように、この現象は飽くまでもマウスで確認されただけで、人間においても同様の影響があるか否かは分かりません。造血幹細胞採取の前日に睡眠時間を十分確保することにリスクは伴わないであろうと判断したうえで敢えて勧めているのです。間違っても「採取前日の睡眠確保」のために無暗に睡眠薬を勧めてはなりません。

 

 

夜食を控える

 

Prolonged Nightly Fasting and Breast Cancer Prognosis.

JAMA Oncol. 2016. PMID: 27032109

 

カリフォルニア大からの報告です。アメリカの多施設が参加して、早期の浸潤性乳癌患者を対象に、食事内容と乳癌のアウトカムの関連性を調査することを目的としたコホート研究が行われました。この研究に参加した3088名のうち、糖尿病ではない2416名のデータ利用したポストホック研究です。

 

1晩の絶食時間が13時間未満だった患者は、13時間以上だった患者に比べ、乳癌死亡と全死亡には有意差を認められなかったものの、乳癌再発リスクが36%高いことが示されました(HR=1.36(95%CI: 1.05, 1.76), P=0.02)。

 

私はこの報告をもって、担癌患者さんには「夜食はなるべく控えましょうね」と助言することにしました。

 

「1晩の絶食時間が長い」ことと「乳癌再発リスクが減る」ことは相関関係に過ぎず、両者の間に因果関係が存在するかは不明です。その他の癌腫患者でも同じ現象が見られるか否かも不明です。しかし、夜食を控えることが癌に及ぼす本当の影響は不明ではあるものの、代謝系への悪影響を少なくすることができると「常識的に」判断したため、敢えて助言をするようにしたわけです。

 

この種のアドバイスには別の危険も伴います。それは癌患者に対して「断食療法」といった過激な方法を推奨している医療者に取り込まれる危険性があるからです。「断食療法」は動物実験の結果(Sci Transl Med. 2012; 4: 124ra27.)を主張の拠り所としています。人間での有効性や安全性に関してはほぼ未開の領域と言って良いレベルです。間違っても拡大解釈して「断食療法」に突き進んではなりません。

 

 

有酸素運動

 

Subgroup effects in a randomised trial of different types and doses of exercise during breast cancer chemotherapy.

Br J Cancer. 2014; 111: 1718-1725.

 

有酸素運動には、化学療法を受ける癌患者の身体機能の向上・維持のみならず、癌に伴う各種症状や治療の副作用を緩和する効果があることは以前から知られています(Cochrane Database Syst Rev. 15: CD008465. )。しかし、どの程度の運動強度が最適なのかは知られていませんでした。

 

カナダの多施設から、乳癌の術後化学療法を受ける患者296名を対象に、1日25-30分の有酸素運動を1週間に3日実施する「standard」群、1日50-60分の有酸素運動を1週間に3日実施する「high」群と、1日50-60分の有酸素運動と抵抗運動を1週間に3日実施する「combination」群の三群に無作為に振り分けて、自覚症状や治療の副作用に差が生じるか否かを検証した研究の報告がありました。

 

SF-36による「体の痛み(SMD=+3.6(95%CI: +1.0, +6.1), P=0.006)」、FACT-ESによる「ホルモン療法の副作用(SMD=+4.2(95%CI: +1.7, +6.7), P=0.001)」、FACT-taxaneによる「タキサン系抗癌剤の副作用(SMD=+3.8(95%CI: +1.6, +5.9), P=0.001)」共に、「high」群は「standard」群よりも有意に改善し、「combination」群における相加的な改善作用は明らかではありませんでした。しかし、「high」群におけるそれらの効果は、非肥満, 閉経前, 若年, そして運動能力が保たれている患者に限定されていました。

 

私はこの報告をもって、化学療法を受ける患者さんに「週に3日程度を目安に一定時間の有酸素運動をしましょうね。もちろん無理のない範囲でね」と助言することにしています。

 

間違っても運動すること自体を主目的としてはなりません。運動は飽くまでも手段なのですから。体調が思わしくない時、天候が悪い時、気分が乗らない時は大いに休めば良いのです。

 

内関刺激

 

Acupuncture-point stimulation for chemotherapy-induced nausea and vomiting.

J Clin Oncol. 2005; 23: 7188-7198.

 

手のひらを上にして、手首の曲がりじわから指3本分上がった場所の2本の腱の間にあるツボは内関(P6)と呼ばれ、古くからそのツボの刺激には妊娠中のつわりや車酔いに対する緩和作用があると言われています。医療の領域でも、術後や化学療法の吐き気に対する効果が数多く検証されています。

 

化学療法による嘔気、嘔吐に対する内関刺激の効果を検証することを目的としたメタ解析があります。このメタ解析は、11のランダム化比較試験、1247名を対象としています。

 

「遅発性(24時間~1週間)の嘔気・嘔吐」に対する効果は不明瞭でしたが、「急性期(24時間以内)の嘔気・嘔吐(RR=0.82(95%CI: 0.69, 0.99), I2=0%, P=0.04)」には軽減効果があることが示唆されています。

 

私はこの報告をもって、化学療法を受ける患者さん、特に以前の化学療法の際に嘔気のコントロールが不良だった患者さんに対して「内関を刺激すると吐き気がほんの少しだけ和らぐかもしれませんよ」と伝えることにしています。興味があるという方には「小豆などを内関にあてて包帯で巻く」や「シーバンド(リストバンドの内側にツボ刺激の突起が付いているやつ)の着用」といった方法を提案しています。

 

しかし鍼灸臨床試験においては、二重盲検ランダム化比較試験の実施が不可能です。被験者に対する偽鍼の開発は進歩しているものの、施術者側の盲検化が困難であるためです。従って十分にバイアスを取り除くことができません。つまり結果の評価には少々慎重になる必要があります。実際に鍼灸の効果の殆どがプラセボ効果であることが明らかになりつつあります。

 

しかし、私が敢えてこの方法を提示することがあるのは、ほぼ無害と考えているからです。制吐剤の進歩にも目覚しいものがあり、このメタ解析以降にも幾つかの新しい制吐剤が使用可能になっています。間違っても「化学療法の副作用の軽減」を目的に鍼灸院への受診を勧めたりしてはなりません。

 

口腔内冷却療法

 

Efficacy of oral cryotherapy on oral mucositis prevention in patients with hematological malignancies undergoing hematopoietic stem cell transplantation: a meta-analysis of randomized controlled trials.

PLoS One. 2015; 10: e0128763.

 

抗癌剤の副作用の一つに口内炎があります。口内炎といっても、小さなものが一ヶ所といったレベルではなく、多発したり口中に広がったりします。口内炎が悪化すると、疼痛によるストレスのみならず、口腔ケアが十分できなくなったり、食事摂取ができなくなったりしてしまいます。

 

ある種の化学療法において、口内炎の予防を目的とした口腔内冷却療法の試みがあります。口腔内冷却療法とは、抗癌剤投与時に氷を舐めたり、氷水でうがいを繰り返したりして、とにかく口の中を冷やす治療のことです。

 

高用量メルファランを含む前処置を用いた造血幹細胞移植を受ける造血器腫瘍患者を主体として、口腔内冷却療法の有効性を検証することを目的としたメタ解析があります。このメタ解析は、7つのランダム化比較試験、458名を対象としています。

 

「重症口腔粘膜障害の罹患期間」「高カロリー輸液期間」「入院期間」の項目では効果は認められなかったものの、「重症口腔粘膜障害の罹患率(RR=0.52(95%CI: 0.247, 0.99), I2=66.1%, P=0.011)」「口腔粘膜障害の重症度(SMD=-2.07(95%CI: -3.90, -0.25), I2=96.9%, P=0.000)」「鎮痛剤使用期間(SMD=-1.15(95%CI: -2.57, 0.27), I2=90.5%, P=0.001)」の項目では、口腔内冷却療法群で改善効果が示唆されました。

 

私はこの報告をもって、高用量メルファランを含む前処置を用いた造血幹細胞移植を受ける造血器腫瘍患者さんに対して、例外なく「口腔内冷却療法の実施」を指示することにしています。

 

注意点としては、口腔内冷却療法はあらゆる化学療法に対して効果が期待できるわけではありません。高用量メルファラン以外にも、フルオロウラシル静注の際にも実施されることが多いのですが、両剤の共通点は半減期が短いことにあります。メルファランは6-16分、フルオロウラシルじゃ10-20分と言われています。氷を長時間舐め続けることは困難ですので、半減期が非常に短い薬剤でないと実効性がないと考えられます。

 

間違っても盲目的に口腔内冷却療法を実施してはなりません。冷たく寒い思いをするだけです。

 

 

おまけ

 

現在個人的に注目しているのは、「ある種の抗腫瘍薬をコーラで内服する」というものです。

 

Influence of the Acidic Beverage Cola on the Absorption of Erlotinib in Patients With Non-Small-Cell Lung Cancer.

J Clin Oncol. 2016; 34: 1309-1314.

 

上皮成長因子受容体のチロシンキナーゼを選択的に阻害するエルロチニブは、水ではなくコーラで内服すると、生物学的利用能が改善するかもしれないという報告があります。エルロチニブはプロトンポンプ阻害剤(PPI)などの制酸剤と一緒に内服すると、体内吸収が阻害されることが知られています。であれば酸性飲料で内服したらその吸収阻害が解除されるのでは?という発想のようです。

 

28人の非小細胞肺癌患者において、エソメプラゾール(PPI)とエルロチニブを、水で内服する群とコーラで内服する群に無作為に振り分け、7日後の薬物血中濃度を測定しました。内服後12時間の時間曲線下面積(AUC0-12h)は、水群で9.0±19.9 μg・h/mL、コーラ群で11.8±14.9 μg・h/mLであり、平均AUC0-12hはコーラ群で39%(-12%~136%; P=0.004)上昇しました。また最高血中濃度(Cmax)も水群で1.08±152 μg/mL、コーラ群で1.43±112 μg・h/mLであり、平均Cmaxはコーラ群で42%(-4%~199%; P=0.019)上昇していました。

 

エルロチニブを炭酸飲料で内服すると、体内への吸収効率は確かに向上しそうです。医療経済的なメリットが産まれる期待感はありますが、これによる治療奏功率、生存期間、そして有害事象などへの影響に関しては何の吟味もされていません。間違ってもこの報告をもってしてコーラでの服用を勧めてはなりません。早計に過ぎます。

 

但し血液内科領域でも、慢性骨髄性白血病の治療薬であるBcr-Ablチロシンキナーゼ阻害薬(ニロチニブやダサチニブ)などもまた、PPIによって吸収が低下することが知られているので、同一の仮説が成り立つかもしれません。続報を楽しみにしています。

 

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今回の内容をまとめてみますと、よく寝て、夜食控えて、時々運動して、気が向いたら腕を揉んでってことになり、正直あまり刺激的な内容とは言えません。しかしこれが現実だと思います。真面目に代替・補完医療に取り組んでいれば、ビジネスとは相性が悪いであろうことが分かります。      

 

「高名」らしき人物が勧める「最新」あるいは「伝統的」らしき相応の「対価」を求めてくる代替・補完医療は、須らくビジネスを目的としたインチキだと考えても、あなたに何の不都合も生じることはありません。迷うことなく却下していただいて無問題です。

 

代替・補完医療の領域には「〇〇で治療効果が劇的にアップ!」とか「〇〇で副作用が完全に消える!」などという夢のような話は存在しません。裏を返せば、魅惑的な話には疑ってかかるのが吉なのです。無駄な時間とお金を費やしてしまう方が一人でも減ることを祈っています。

 

読売新聞の「メトホルミンでがん免疫アップ」報道に思うこと

 

(ご無沙汰し過ぎて何らブログの体をなしておりませんが、細々とでも続けていければと思っております。)

 

正直に申し上げてすでにタイミングを逸している感が否めませんが、2016年7月28日に付の読売新聞に、糖尿病薬「メトホルミン」で、がん免疫アップ…岡山大チームという記事が掲載されました。メトホルミンの抗がん作用に関する話題は、以前に記事にしたこともあり、個人的にも大変注目しております。

 

asia11.hatenablog.com

 

それほど長い記事ではありませんので全体を引用しておきます。

 

糖尿病治療薬「メトホルミン」に、がんに対する免疫細胞の攻撃力を高める作用があることをマウスの実験で突き止めたという研究成果を、岡山大の 鵜殿うどの 平一郎教授(免疫学)らのチームがまとめた。

免疫の力でがんを治療する「がん免疫療法」の効果を高められる可能性がある。大阪市で28日に開かれる日本がん免疫学会で発表する。

チームは、メトホルミンを服用する糖尿病患者は、がんの発症率や死亡率が低いとの報告が多いことに着目。がんを移植したマウスにメトホルミンの成分を加えた免疫細胞を注射し、約1か月後の腫瘍の大きさを調べたところ、ほとんど変わらなかった。何もしなかったマウスは、腫瘍が3倍以上大きくなった。

がん細胞は、免疫細胞の栄養分となる糖分を取り込むことで、攻撃から逃れる性質がある。チームは、メトホルミンが免疫細胞に十分な糖分を補給し、攻撃力を高めているとみている。

京都大の河本宏教授(免疫学)の話「メトホルミンは安価で使いやすく、理論的にも期待が持てる内容だ。高齢者では副作用もある薬のため、安全な使用法を検討する必要がある」

 

8月4日時点では学術文献検索エンジンPubMedではそれらしい論文が引っかかってきません。査読付き専門誌への発表はこれからということでしょうか。私は学会員ではなく抄録集で内容を確認することもできませんが、2015年度にその基盤にあたるであろう論文がPNASにpublishされています。

 

PNASは1914年に創刊された米国科学アカデミー発行の機関誌で、2015年度のインパクトファクターは9.423です。超一流誌とまでは言えないかも知れませんが、非常に由緒正しく、格式高い雑誌であることに異論はないでしょう。幸い無料ダウンロードが可能なので確認してみましょう。

 

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Immune-mediated antitumor effect by type 2 diabetes drug, metformin.

Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112(6):1809-14.

 

基本的に「BALB/cマウスの皮内にRLmale1(マウス白血病細胞株)、あるいはMO5(マウス悪性黒色腫細胞株)を接種し皮膚腫瘍モデルを作成。接種7日目からメトホルミンの経口投与を開始する群とメトホルミンを投与しない群に振り分け、接種10日目(投与開始3日目), 接種13日目(投与開始5日目)に各種評価を行う」という系で実験は進みます。

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BALB/cマウスとSCIDマウスに各々RLmale1を接種しメトホルミンの経口投与を行ったところ、BALB/cマウスでは腫瘍径が縮小しましたが(左パネル)、SCIDマウスでは減少しませんでした(右パネル)。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果は免疫担当細胞が担っている」ことを示唆しています。

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この腫瘍縮小効果は、メトホルミンとCD4に対するモノクローナル抗体を併用(CD4陽性T細胞(CD4+T)を排除)しても消失しませんでしたが、CD8に対するモノクローナル抗体と併用すると消失しました。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果を担っているのはCD8陽性T細胞(CD8+T)である」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収した腫瘍浸潤リンパ球(TIL), CD4+T, CD8+Tを各々カウントしたところ、メトホルミン投与群ではTIL(C), CD4+T(D), CD8+T(E)共に有意に増加していました。これは「メトホルミンには腫瘍内にT細胞を誘導する作用がある」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+Tの分画(PD-1-Tim-3-(B), PD-1+Tim-3-(C), PD-1-Tim-3+(D), PD-1+Tim-3+(E))をカウントしたところ、メトホルミン投与の有無に関係なく、CD8+Tの分画割合には影響がありませんでした。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+TをAnnexinV染色したところ、メトホルミン投与群では10日目, 13日目のAnnexinV陽性細胞が有意に減少していました。これは「メトホルミンには腫瘍内のCD8+Tのアポトーシスを抑制する作用がある」ことを示唆しています。

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このCD8+Tアポトーシス抑制作用はCD8+Tの全ての分画において認められました(B-E)。

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この腫瘍浸潤CD8+Tに認められたメトホルミンによるアポトーシス抑制作用は、脾臓(SP), リンパ節(LN), 胸腺(Thy)内のCD8+Tにおいては確認されませんでした(A-B)。これは「メトホルミンによるCD8+Tアポトーシス抑制作用は腫瘍環境内に限定されている」ことを示唆しています。

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MO5マウスにおいても、メトホルミン投与群では腫瘍の増大速度が有意に減速しました。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果は特定の細胞株に特異的な現象ではない」ことを示唆しています。

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MO5マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したMO5特異抗原OVA(左パネル), TRP2(右パネル)に対する抗原特異的CD8+Tをカウントしたところ、メトホルミン非投与群では経時的に減少しましたが、メトホルミン投与群では維持あるいは増加していました。

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MO5マウスの10日目の腫瘍から回収したOVA, TRP2抗原特異的CD8+TをAnnexinV染色したところ、メトホルミン投与群では抗原特異的CD8+Tのアポトーシスが有意に抑制されていました(C-D)。

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MO5マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+Tを、OVAでパルスした樹状細胞と共培養し、そのサイトカイン産生能を測定したところ、メトホルミン投与群ではIFNγとTNFαの産生能が向上しました。これは「メトホルミンには腫瘍内のCD8+Tのサイトカイン産生能を向上させる作用もある」ことを示唆しています。

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メトホルミン投与が、RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したメモリーT細胞の分画(CM=central memory T, CD44+, CD62Lhigh, EM=effector memory T, CD44+, CD62Llow, E=short-lived effector T, CD62Llow, KLRG1high)に与える影響をカウントしたところ、メトホルミン非等与群では、10日目はCM=EMでしたが、13日目にはCM↑, EM↓とCM優位となり、Eは経時的に減少しました。一方、メトホルミン群では10日目, 13日目共にCM↓EM↑とTEM優位となり、Eは経時的に増加していました(A-B)。

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MO5モデルにおいても同様の現象が確認されました(C-D)。これは「メトホルミンによる腫瘍縮小作用を担っているのはEM およびEである」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目に腫瘍から回収したCD8+TのIFNγ, TNFα, IL-2産生は、メトホルミン非投与群ではCMが、メトホルミン非投与群ではTEMが主体となっていました。

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メトホルミン非投与群では単独のサイトカインを産生するCD8+Tしか存在しませんでしたが、メトホルミン投与群では複数のサイトカインを産生するCD8+Tの存在が認められました。これは「メトホルミンによる腫瘍縮小作用を担うEMは多機能を備えている」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目の腫瘍から回収したCD8+Tの分画毎のサイトカイン産生能を測定したところ(A-B)、メトホルミンにより誘導されたIFNγ, TNFα, IL-2トリプルサイトカイン産生CD8+Tの表面形質はPD-1-Tim-3+(B)が主体でした。

 

ここからは今までと違う実験系になります。C57BL/6(CD45.2)マウスのMO5モデルを作成し、OT-1(CD45.1)マウス由来のCD8+T、OVAワクチン、メトホルミンを各種組み合わせで投与する系です。

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各種治療開始後3日目のリンパ節(LN)と腫瘍内(tumor)のCD8+Tのカウントと、そのサイトカイン産生能を測定したところ、CD8+T単独では、そのCD8+Tは腫瘍内への浸潤はほとんど認められませんでした。CD8+TをOVAワクチンと同時に投与すると、CD8+Tは腫瘍内に浸潤するようになったものの、サイトカイン産生能はほとんど認められませんでした。更に、そこにメトホルミンを併用するとCD8+Tの腫瘍内浸潤は更に増加し、Tim-3+分画においてサイトカイン産生能を認めるようになりました。これは「メトホルミンは細胞免疫療法やがんワクチンの効果を高める可能性がある」ことを示唆しています。

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OT-1マウス由来のCD8+Tを10μMのメトホルミンとAMPK阻害剤(CC)存在下で共培養した後に、MO5マウスに投与し、投与後2日目に脾臓(spleen)と腫瘍(tumor)のCD8+Tを回収し、そのサイトカイン産生能を測定しました。メトホルミン単独群では、CD8+Tは腫瘍内に浸潤しサイトカイン産生能を呈しましたが、AMPK阻害剤との併用群では、脾臓への移行は阻害しなかったものの、腫瘍内への浸潤は阻害されました(B)。そして、メトホルミンの腫瘍縮小効果自体も、AMPK阻害剤により阻害されるようになりました(C)。

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メトホルミンによってAMPKとその下流のAcetyl-CoA carboxylase(ACC)のリン酸化が誘導されましたが、その現象はAMPK阻害剤の存在下では阻害されました。これらは「メトホルミンの腫瘍縮小効果はAMPKを介している」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目の腫瘍からCD8+Tを回収し、発現している蛋白質を検出したところ、メトホルミン投与群ではリン酸化AMPKαとAMPKβ、ならびにBat3の増加が認められました(Bag1, Bax, Bcl2の発現量には影響はありませんでした)。

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このCD8+Tにおいては、メトホルミン投与群でカスパーゼ3活性の抑制も認められました(B)。そして、その抑制効果はEM分画で顕著でした(C)。更に、メトホルミン投与群では、EMのみならずCM, E分画においても、mTOR下流分子であるpS6が抑制を受けていました(D)。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果はAMPKリン酸化を介したmTOR抑制である」ことを示唆しています。

 

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「メトホルミンは、CD8陽性T細胞、特にPD-1-Tim-3+分画のeffector memory T細胞を腫瘍内へ誘導し、腫瘍内でのT細胞のアポトーシスを抑制し、かつ多サイトカイン産生能を保持することにより、腫瘍縮小効果を発揮すると示唆される」ということを丁寧に検証した非常に評価できる報告と思いました。今回の学会発表も恐らく近日中に論文化されるでしょうから非常に楽しみです。

 

しかしちょっと待ってくださいよ。これはあくまでもマウスでの動物実験です。使用した被験体も腫瘍細胞株も免疫細胞もオールマウスです。人間でも同じ現象が起きることは保証されていますか?がんが体内に出現した7日以内にメトホルミンを飲み始めるというミラクルを起こせますか?腫瘍内T細胞を賦活化するためのメトホルミンの適切な用量用法はどのようになっていますか?免疫の賦活が副作用に繋がる危険性はありませんか?メトホルミンと細胞免疫療法やがんワクチンの併用による安全性の検討は一切されていませんがそれでも人間にすぐ応用しますか?この研究を人間に応用するためには超えなくてはならないハードルや課題はまだまだ多いと言わざるを得ません。

 

これらを踏まえて冒頭の読売の記事に戻ってみますと、色々気になる表現があることに気が付きます。

 

例えば、『免疫の力でがんを治療する「がん免疫療法」の効果を高められる可能性がある』の部分です。読者は、この「がん免疫療法」がどのような治療のことを指していると考えるでしょうか?

 

私は、この記事を読んだ人が、巷の自由診療クリニックで受けることができる高価なインチキ「がん免疫療法」のことを想起するのではないかと危ぶむのです。

 

この実験に登場する「がん免疫療法」は「細胞免疫療法(OT-1マウス由来CD8+T)」と「がんワクチン(OVAワクチン)」に相当すると考えます。しかし、この実験で使用している免疫細胞は自家(自分の)T細胞ではなく同種(他人の)T細胞ですし、実臨床でOVA(卵白アルブミン)ワクチンが使用されている状況はありません。この実験と同じ内容の「がん免疫療法」を受けることができる実効性はゼロなのです。

  

また、京大河本教授のコメント『高齢者では副作用もある薬のため、安全な使用法を検討する必要がある』も軽率で迂闊だと思います。「高齢者でなければ副作用はない」に聞こえます。何の脚色もないのであれば、うっかりにも程があります。「あくまでもネズミのネズミによるネズミのためのがん免疫療法のお話ですから、早まらないでくださいね」くらいは言って欲しいです。

 

忸怩たる思いではありますが、「この未来ある研究は、現時点ではそれらの詐欺師たちが私腹を肥やす一助にしかならない」というのが私見です。この記事は実質的には、インチキ自由診療クリニックの完璧なまでのプロモーションであり、ダークサイド医への華麗なるスルーパスにしかなっていないと思うのです。さながらファンタジスタのようです。

 

患者「がん免疫療法とメトホルミンを併用すると効果が上がると読売新聞に載っていいたのですが?」インチキクリニック「あなたがそこまでおっしゃるなら試してみましょう(自己責任でね)」という会話が繰り広げられる近未来が私には見えてしまうのです。

 

メトホルミンが比較的容易に入手したりアクセスしたりできるものだからこそ、その情報提供には慎重になって欲しいのです。私は、読売新聞のこの記事を読んだ標準医療に不満を持つ方々が、「がん免疫療法」と「メトホルミン」を求めて自由診療系クリニックの門を叩いてしまうのではないかと切に危惧しています。

 

メディアは、論文化もされていないような学会発表や、試験管・動物実験レベルの研究を記事にするべきではないと考えます。また同時に、研究者側も一般受けしそうな研究をメディアに売り込むよう態度(があるかどうかは知りませんが)は控えるべきだと考えます。

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する⑥ 〜セレン、αリポ酸、ジインドリルメタン、アヴェマー、牛車腎気丸〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチン、第3回はビタミンD3、第4回はDHA/EPA、第5回はメラトニンを検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第6回(最終回)はセレン、αリポ酸、ジインドリルメタン、アヴェマー、牛車腎気丸です。

 

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f:id:ASIA11:20151119135437j:plainセレン       

 

セレン原子番号34の必須元素です。

 

外科的切除をしたI期非小細胞肺がん患者を、セレン(200μg/日, 4年間)を摂取する群としない群に振り分けて、再発率と二次悪性腫瘍の発症率に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較第三相試験があります(J Clin Oncol. 2013; 31: 4179-4187.)。

 

中間解析では、「セレン群 vs. プラセボ群」で再発1.91/100人年 vs. 1.36/100人年, 5年無病生存率72% vs. 78%となり、早期中止勧告となりました。最終的な解析対象は1561人で、再発1.62/100人年 vs. 1.30/100人年(P=0.294)、全二次性悪性腫瘍3.54/100人年 vs. 33.39/100人年、5年無病生存74.4% vs. 79.6%(P=0.069)、5年生存76.8% vs. 79.9%(P=0.154)と両群間に差を認めませんでした。

 

外科的手術後に放射線照射を受ける81人の子宮がん患者を、セレンを摂取する群としない群に振り分けて、長期アウトカムに影響が出るか否かを検討したランダム化比較試験があります(Integr Cancer Ther. 2014; 13: 463-467.)。

 

セレン群 vs. 非セレン群」で、10年無病生存は80.1% vs. 83.2%(P=0.65)、10年全生存は55.3% vs. 42.7%(P=0.09)であり、長期予後には影響がないと考えられました。

 

f:id:ASIA11:20151119135437j:plainαリポ酸      

 

αリポ酸はチオクト酸とも呼ばれるビタミン様物質です。

 

シスプラチン、あるいはオキサリプラチンを含む化学療法を受ける70人の担がん患者を、αリポ酸(1,800mg/日)を摂取する群とプラセボを摂取する群に振り分けて、24週目の末梢神経障害の程度に有意差が出るか否かを検証したランダム化比較試験がMDアンダーソンがんセンターで実施されました(Support Care Cancer 2014; 22: 1223-1231.)。

 

「αリポ酸群 vs. プラセボ群」で、FACT/GOG-Ntxスコア3.7±5.1→9.6±7.6 vs. 3.0±4.1→9.7±8.1、BPIスコア1.7±2.3→1.9±2.4 vs. 1.8±1.7→1.3±1.6、6ボタン付け28±16→32±19秒 vs. 33±33→29±15秒、50フィート歩行17±14→17±11秒 vs. 20±27→15±6秒、4コイン拾い6±4→6±2秒 vs. 6±3→6±2秒であり、何れも有意差を認めませんでした。

 

f:id:ASIA11:20151119135437j:plainジインドリルメタン 

 

ジインドリルメタンは「ブロッコリーやケールなどのアブラナ科の植物や野菜に含まれる」物質だそうです。

 

子宮頚がんスクリーニングで軽度細胞診異常を指摘された551人の女性に対して6ヶ月間ジインドリルメタン(150mg/日)を投与する群とプラセボを投与する群で、その後のアウトカムに差がでるか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(Br J Cancer. 2012; 106: 45-52.)。

 

「ジインドリルメタン群 vs. プラセボ群」で、子宮頸部上皮内腫瘍グレード2進展率8.8% vs. 12.4%(RR=0.7(95% CI; 0.4-1.2), P=0.198)、子宮頸部上皮内腫瘍グレード3進展率4.6% vs. 5.1%(RR=0.9(95% CI; 0.4-2.0), P=0.796)、細胞診陰性化50.0% vs. 55.7%(RR=1.13(95% CI; 0.93-1.37), P=0.214)であり、組織学的進展に影響がないと考えられました。

 

f:id:ASIA11:20151119135437j:plainアヴェマー     

 

アヴェマーは「発酵小麦胚芽抽出エキスを主成分とした」物質だそうです。

 

外科的手術を受けた170人の直腸大腸がん患者を、術後化学(放射線)療法と共にアヴェマー(9g/日)を摂取する群としない群に患者希望で振り分けて、再発、転移、死亡のイベントの発生率に有意差が出るか否かを検証した比較試験があります(Br J Cancer. 2003; 89: 465-469.)。

 

「アヴェマー群 vs. 非アヴェマー群」で、再発率3.0% vs. 17.3%(P<0.01)、転移率7.6% vs. 23.1%(P<0.01)、死亡率12.1% vs. 31.7%(P<0.01)、無増悪生存率(P=0.0184)、全生存率(P=0.0278)において、アヴェマー併用群が優っているという結果でした。

 

化学療法を受ける22人の小児癌患者に対して、アヴェマー(12g/m2/日)を併用する群と併用しない群に患者希望で振り分けて、化学療法期間中の有害事象を検証した比較試験があります(J Pediatr Hematol Oncol. 2004; 26: 631-635.)。

 

「アヴェマー群 vs. 非アヴェマー群」で、発熱性好中球減少症(FN)の罹患率24.8% vs. 43.4%(P=0.037)、平均FN期間6.1日 vs. 8.9日(P=0.108)、骨髄抑制期間中の白血球数中央値900/μL vs. 800/μL(P=0.021)、リンパ球数中央値700/μL vs. 500/μL(P<0.001)でした。

 

高リスクⅢ期黒色腫に対して外科的切除後にダカルバジンによる化学療法を受ける52人の患者を、アヴェマー(8.5g/日)を併用する群と併用しない群に振り分けて、アウトカムに有意差が出るか否かを検証した第二相ランダム化比較試験があります(Cancer Biotherapy & Radiopharmaceuticals. 2008; 23: 477-482.)。

 

「アヴェマー群 vs. 非アヴェマー群」で、無増悪生存の平均は55.8ヶ月vs. 29.9ヶ月(P=0.0137)、全生存の平均66.2ヶ月 vs. 44.7ヶ月(p=0.0298)でした。

 

試験デザインが非ランダム化試験であったり、ランダム化でも二重盲検でなかったりするためエビデンス的にはもう一つですが、なかなか期待を持てる結果である気がします。しかし、2008年以降にはこの物質を用いた臨床試験が見当たらず、訝しさが払拭できません。

 

f:id:ASIA11:20151119135437j:plain牛車腎気丸     

 

この漢方は標準治療医の中でも化学療法起因性末梢神経障害に対して処方する人は少なくないと思います。

 

182人の外科的切除後の大腸がん患者に対して、術後mFOLFOX6(フルオロウラシル+ロイコボリン+オキサリプラチン)療法を実施する際に、牛車腎気丸(7.5g/日)を併用する群とプラセボを併用する群で末梢神経障害に有意差が出るか否かを検証した日本の多施設共同二重盲検ランダム化比較第三相試験があります(Int J Clin Oncol. 2015; 20: 767-775.)。

 

中間解析で、Grade 2以上の末梢神経障害は、牛車腎気丸群50.6%、プラセボ群31.2%(HR=1.908, P=0.007)であり早期中止勧告となってしまいました。

 

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これらの他にもシリマリン、水素ガス吸入療法、ジクロロ酢酸ナトリウム、ノスカピン、キサントン40などを紹介していますが、まともな臨床試験が存在しないために検証自体が困難という状況です。

 

このクリニックで奨めている『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』と称するものは総じて、「机上の理論あるいは実験室レベルの研究や症例報告を含めた小規模研究では有効性が示唆されたものの、適切にデザインされた中規模以上の比較試験では既に否定されており、推奨・支持できるものではない」というのが現時点での結論です。

 

曲がりなりにも補完医療でご飯を食べている人が、この結論に至っていないのであればあまりに不勉強ですし、至っているのに黙しているのであればあまりに不誠実です。お金になりそうもない補完医療情報には首尾一貫、徹頭徹尾で口を閉ざしていますから、おそらく後者(あるいは両者)だと思います。

 

EBMからもっともかけ離れた領域で商売をしている人が、迷えるがん患者を取り込むために、体裁だけはエビデンスに依拠してEBM風を装う姿は見ていて吐き気を覚えます。確証バイアスだらけの脆弱なエビデンスを誇示するのは、EBMを理解する能力が不足しているか、意図的に曲解を促しているかのどちらかです。

 

本当にEBMを実践したいのであれば、そしてがん患者の役に立ちたいのであれば、限りなく黒に近い灰色の補完医療情報を流布して惑わせるようなことはしません。こうした行為に羞恥心や罪悪感を抱かないのは、患者のことなど二の次で、私腹に拘泥するあまりすっかり理性のたがが外れてしまっているからでしょう。「人はこれほどまでに見境なく搾り取ろうとできるのか?良心の呵責はないのか?」が素直な感想です。医療者としても人間としても信用を置くことができません。

 

この方面の方々が、がん診療の結果の部分には何ら責任を負う気概はないけれども、がん患者の決断の部分には確と影響力を持ちたいというのは甚だ虫の良い話です。しかしその背景には、患者の決断を支援しきれていない標準医療側の問題もあるかと思います。私個人も常に自省する姿勢を忘れたくないものです。

 

ニセ補完医療情報に振り回され、無駄な時間とお金を費やすのは私だけで十分です(一連の検証には相応の時間とお金を費やしています)。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。

 

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する⑤ 〜メラトニン〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチン、第3回はビタミンD、第4回はドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸を検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第5回はメラトニンです。

 

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最初に、そのクリニックがメラトニンを紹介している文章を引用しておきます。

 

免疫力と抗酸化力を高めます。放射線治療抗がん剤治療の副作用を緩和し、抗腫瘍効果を高めることが臨床試験で確かめられています。進行がんに対して、がん性悪液質を改善して延命効果を発揮します。

がん治療には1日20~40mg、再発予防には1日10mgを摂取します。

10mg/60錠:5,000円(消費税込み) / 20mg/60錠:9,000円(消費税込み)米国製のサプリメントです。

【作用機序と有効性の根拠】

メラトニンはヒトの体内時計を調節するホルモンとして知られています。暗くなると体内のメラトニンの量が増えて眠りを誘います。快適な睡眠をもたらし、時差ぼけを解消するサプリメントとして評判になり、さらに免疫力や抗酸化力を高める効果や抗老化作用も報告されています。

睡眠障害や時差ぼけには1mg程度のメラトニンサプリメントとして使用されますが、一日に20~40mgくらいの多い量を使用するとがんにも効果があることが数多くの研究で明らかになっています。

メラトニンは免疫力や抗酸化力を高めてがんに対する抵抗力を増強するだけでなく、がん細胞自体に働きかけて増殖を抑える効果も報告されています。

メラトニンは、前立腺がんや乳がんや肺がんなど多くのがんに有効という臨床試験の結果も報告されています。手術後の傷の治りを促進し、抗癌剤放射線治療の効果を高め、副作用を軽減する効果も報告されています。

ガンマ・インターフェロンなどの多くのサイトカインの産生を調節することによってナチュラルキラー細胞やリンパ球などの免疫細胞を活性化し、がん細胞に対する免疫力を高める効果があります。

メラトニンは培養細胞を使った研究で、乳がん細胞のp53蛋白(がん抑制遺伝子の一種)の発現量を増やし、がん細胞の増殖を抑制することが報告されています。

○シスプラチン治療を受けている非小細胞肺癌の63例が、1日10mgのメラトニンを摂取するか、保存的治療のみかの群にランダムに分けられて効果の検討が行われています。 保存的治療のみの患者の平均生存期間が3ヶ月であったのに対して、メラトニンを服用した患者の平均生存期間は6ヶ月であり、1年以上生存した患者は、保存的治療のみが32例中2例であったのに対して、メラトニン服用者では32例中8例でした。

○ホルモン療法(タモキシフェン)を受けている進行した乳がん患者において、1日20mgのメラトニンの服用に延命効果があることが報告されています。ホルモン依存性の乳がんの治療のあと、再発予防の目的で抗エストロゲン剤のタモキシフェンなどが投与されますが、1日20mgのメラトニンはその再発予防効果を高める効果が期待できます。

乳がんの発生や再発に、体内のメラトニンの量が関連していることが報告されています。(詳しくはこちらへ)

その他、メラトニンの抗がん作用は脳腫瘍における放射線治療や、肺がんや大腸がんなど、数多くの臨床試験で報告されています。

【服用上の注意点】

抗がん剤放射線治療やホルモン療法と併用する場合は、1日10~20mg程度を服用します。進行がんの治療では1日40mg程度の使用も報告されています。

メラトニンを服用すると眠くなるため、日中の服用は避けます。

免疫細胞を活性化するため免疫系統の悪性腫瘍(白血病やリンパ腫)では服用しない方が良いと言われています。自己免疫疾患の人はメラトニンの摂取を控えるのが賢明です。ワーファリン服用中の方はメラトニンは服用できません。ワーファリンの効き目に影響する可能性が報告されています。

妊婦や授乳中の女性や子供はメラトニンの使用できません。

【費用】

メラトニン10mg、60カプセル入り1個が5,000円(税込み)、メラトニン20mg、60カプセル入り1個が9,000円(税込み)です。いずれも米国製で、化学合成したメラトニンです。

抗がん剤治療との併用では1日20mgを服用しますので、1ヶ月分が5,000円になります。

 

ポジティブ風味の情報を並べ立てて期待感を焚きつけるその匠の技は、読む者に年季を感じさせます。メラトニンは主に松果体から産生されるホルモンで、概日リズムを調整していると考えられています。メラトニン受容体作動薬としてロゼレム®がありますが、メラトニン自体の医薬品は日本にはありません。

 

もし本当にメラトニン抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、きっと日本全国のがん診療医がこぞってメラトニン個人輸入し、税関職員が白目をむくことになるはずです。

 

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固形がんに対する標準的な化学療法、あるいは放射線化学療法にメラトニンを併用する群と併用しない群に振り分けて、その併用効果を検証したランダム化比較試験のメタ解析があります(Cancer Chemother Pharmacol. 2012; 69: 1213-1220.)。

 

8つのランダム化比較試験、761人が解析対象となっています。全奏功率はメラトニン群32.6%、非メラトニン群16.5%(RR=1.95(95% CI; 1.49-2.54), P<0.00001, I2=0%)、1年生存率はメラトニン群52.2%、非メラトニン群28.4%(RR=1.90(95% CI; 1.28-2.83), P=0.001, I2=61.9%)、血小板減少はメラトニン群2.2%、非メラトニン群19.7%(RR=0.13(95% CI; 0.06-0.28), P<0.00001, I2=0%)、神経毒性はメラトニン群2.5%、非メラトニン群15.2%(RR=0.19(95% CI; 0.09-0.40, I2=0%), P<0.0001)、倦怠感はメラトニン群17.2%、非メラトニン群49.1%(RR=0.37(95% CI; 0.28-0.48), P<0.00001, I2=0%)となり、放射線化学療法の毒性を軽減するのみならず、奏効率や生存率をも改善するとの結果でした。

 

「じぇじぇじぇ!」心のあまちゃんが腰を抜かしました。心のジャパネットが「なんとメラトニンを併用するだけで、全奏効率と1年生存率が約2倍!それだけじゃありませんよ、主だった有害事象がなんと70-90%オフ!」と連呼しています。家電量販店なみの有害事象ディスカウントと有効性ポイントバックです。魔法の薬と呼んでも差し支えないレベルに思えます。

 

「ちょっ待てよ」何やら心のキムタクが言っています。「ちょっ待てよ。こんなに良いのは逆におかしいだろ。いいから、もう一回よく見てみろって」。そこまで言うならもう一回見てみましょう。

 

「むむむっ!」今度は心のジェイ・カビラが怪訝な顔をしています。この解析に含まれる臨床試験8報のうち7報が、イタリアの同一施設からの非盲検化試験なのです。I2(I二乗値)が良好なのも頷けます。文献6, 7, 10, 12, 13, 14のファーストオーサーはLissoni氏、文献15のCerea氏も同一施設の方でラストオーサーはやはりLissoni氏です。文献11のYan氏は他施設の方ですが、この報告では奏功率にも生存率にも有意差を認めておらず、有害事象の比較検討はありません。

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高濃度ビタミンC療法のライナス・ポーリングの時と同じように、単一施設からのみの再現性のない結果を額面通りに受け取るわけにはいかないのです。「ボーノ、リッソーニ、くぅ~、彼を信用しちゃっていいんですか?いいんです!」とはなりません。

 

このメタ解析以降にも、他の施設から二重盲検ランダム化比較試験の報告が幾つかあるので見てみます。

 

73人の進行期肺がん、あるいは消化器がん患者をメラトン群とプラセボ群に振り分けて、食欲、体重、QOLなどに有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(J Clin Oncol. 2013; 31: 1271-1276.)。

 

中間解析では、各々「メラトニン群 vs. プラセボ群」として、食欲(-0.83(-1.9〜0.2) vs. 1.19(-2.1〜-0.3), P=0.80)、体重(-0.8(-2.3〜0.15) vs. -1.0(-2.6〜2), P=0.17)、倦怠感(-1(-13〜-12) vs. 3.2(-7〜-12), P=0.65)、抑うつ(0(-1〜0) vs. 0(-1〜0), P=0.28)、疼痛(0.09(-0.73〜0.91) vs. 0.38(-0.39〜1.15), P=0.30)、喜び(-0.39(1.9〜1.1) vs. -0.96(-2.2〜0.3), P=0.72)、睡眠(-1(-3〜-1) vs. -0.5(-2〜-1), P=0.62)、FAACT(0(-3〜-2) vs. -0.5(-2〜-1), P=0.95)、生存、CRPの全項目に群間差が見られず、早期中止勧告となってしまいました。

 

151人の進行期非小細胞肺がん患者を、メラトニン(10mg/日, 20mg/日)を摂取する群とプラセボを摂取する群に振り分けて、健康に関連したQOL(HRQoL)やアウトカムに有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(Ancicancer Res. 2014; 34: 7327-7337.)。

 

全生存期間中央値は、メラトニン 10mg群7.23ヶ月(95% CI; 3.15-10.78)、20mg群6.9ヶ月(95% CI; 3.45-11.96)、プラセボ群7.46ヶ月(95% CI; 3.61-9.86)で有意差がありませんでした。FACT-Lで評価したHRQoLに関しては、メラトニン群において「社会的健康感」の項目で2.69 ポイント(0.01-5.38; P=0.049)の改善が見られたものの、「身体的健康感」「精神的健康感」「機能的健康感」「総合」では改善は得られませんでした。

 

緩和医療を受ける72人の進行期がん患者を、メラトニン群(20mg/日)とプラセボ群に振り分けて、QOLに有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(Cancer. 2015; 121: 3727-3736.)。

 

開始前と開始後のスコアの変化は、各々「メラトニン群 vs. プラセボ群」で、倦怠感(-2.8±15.9 vs. -3.9±18.1, P=0.47)、不眠(-9.9±23.4 vs. -4.6±30.9, P=0.36)、食欲(-0.8±25.4 vs. -3.2±21.6, P=0.88)、疼痛(0.8±19.3 vs. 1.9±22.2, P=0.82)、精神的健康感(-0.6±23.5 vs. 3.3±18.5, P=0.36)、QOL(-0.8±13.6 vs. -3.2±19.2, P=0.41)であり、メラトニンによるQOLの改善効果は確認されませんでした。

 

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意味深長なメタ解析での華々しい勝利に反して、その後の試験では惨憺たる有様です。もしも、メラトニン界のポーリングの異名まであるかどうかは知りませんが、イタリア人医師リッソーニのお膝元で臨床試験に参加することができれば、奏功群に入れるように数字上の工面はしてくれるかもしれません。しかし、実益はというと相当に厳しいのではないでしょうか。

 

ついでに言わせていただきますと、奏効率や生存率の改善が得られないのは合点がいくとしても、「概日ホルモンを謳っているのにどちて睡眠ですら勝てないの?ねぇどちて?」と心のどちて坊やが首を傾げていますよ。

 

日本全国のがん診療医がこぞってメラトニン個人輸入することになる日はまだまだ遠いようです。幸いにして税関職員が白目をむくこともなさそうです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。

 

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する④ 〜ドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチン、第3回はビタミンD3を検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第4回はドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)です。

 

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最初に、そのクリニックがDHA/EPAを紹介している文章を引用しておきます。

 

ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は魚油に多く含まれるオメガ3系不飽和脂肪酸で、様々な抗がん作用が知られています。抗がん剤治療の抗腫瘍効果を高めます

1袋でDHA 24.3g EPA 5.4gを摂取出来ます。

300mg×300粒入 3,500円(消費税込み)

[作用機序と有効性の根拠]

DHA(docosahexaenoic acid;ドコサヘキサエン酸)とEPA(eicosapentaenoic acid;エイコサペンタエン酸)は魚油に多く含まれているオメガ3系多価不飽和脂肪酸です。

プロスタグランジンE2(PGE2)という生理活性物質が増えすぎるとがん化しやすく進行も速まることがわかっています。PGE2は細胞の増殖や運動を活発にしたり、細胞死が起こりにくくする生理作用があるため、がん細胞の増殖や転移を促進します。PGE2はω6 系不飽和脂肪酸リノール酸から合成され、DHAなどのω3 系不飽和脂肪酸はPGE2が体内で増えるのを抑える働きがあります。

このように、脂肪酸の代謝産物は細胞内のシグナル伝達系に作用してがん遺伝子やがん抑制遺伝子の働きに影響を及ぼします。そして一般的に、DHAEPAのようなω3系脂肪酸はがん細胞の増殖速度を遅くしたり転移を抑制し、腫瘍血管新生を阻害し、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことなどが多くのがん細胞で示されています。

例えば、米国健康財団のローズ博士らは、ヒト乳がん細胞をヌードマウスに移植した動物実験で、DHAは腫瘍血管の新生を阻害して増殖を抑制し、がん細胞の肺への転移を防ぐことを報告しています。プロスタグランジンE2は血管新生を促進するので、プロスタグランジンE2産生を阻害するDHAには腫瘍血管の新生を阻害するようです。

さらに、DHA/EPAを補充すると、進行がんの体重減少や食欲不振などの悪液質を改善する効果や、抗がん剤の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高めることが報告されています。

DHAEPAといったω3不飽和脂肪酸を多く摂取する食餌療法で、腫瘍が縮小したという症例も報告されています。

[注意点]

DHA/EPAを過剰に摂取すると血小板凝集を阻害して血液が固まりにくくなります。この作用は心筋梗塞脳梗塞を予防する効果と関連していますが、手術前や、抗がん剤治療によって血小板が減少する場合には注意が必要です。

進行がんの治療の目的では1日5g以上の摂取を試す場合もありますが、手術前や抗がん剤治療中は1日2gくらいまでに止めておくのが無難です。

食事で動物性脂肪の多い食品を多く食べると、せっかくDHA/EPAサプリメントで摂取しても抗腫瘍効果が減弱しますので、食事にも注意が必要です。

[服用法と費用]

DHA/EPA(300粒入り)は1日10粒でDHA810mg、EPA180mgの計990mgを摂取できます。1日10~20粒を服用するとDHA/EPAを合わせて1日1~2gになり、丁度良い摂取量になります。

300粒入り1個が3500円(税込み)です。1ヶ月分は1日10粒で3500円、1日20粒で7000円になります。

 

DHAEPAも魚介や魚油に含まれるω3(n-3)系不飽和脂肪酸で、高脂血症の標準治療としてもエパデール®やロトリガ®などがあります。作用機序とか動物実験とか症例報告も豊富そうですし、今度こそ大丈夫でしょう。DHA/EPAは一般的にも知れ渡っていますし、理想的な補完医療と言えます。

 

もし本当にDHA/EPA抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、きっと日本全国のがん診療医はこぞってがん患者を「高脂血症」と診断する日が来るはずです。

 

                  ◇ ◇ ◇

 

抗がん剤治療とDHA/EPAの併用効果を検証する比較的質の高い臨床試験はコンスタントに報告があります。

 

カルボプラチン+ビノレルビン、あるいはカルボプラチン+ジェムシタビンを受ける46人の進行期非小細胞肺がん患者を、魚油(EPA 2.2g/日+DHA 250mg/日)を併用する群と併用しない群に振り分けて、化学療法の奏功率や生存率に有意差が出るか否かを検討した非ランダム化比較試験があります(Cancer. 2011; 117: 3774-3780.)。

 

魚油併用群と非併用群で、各々全奏功率は60.0% vs. 25.8%(P=0.008)、クリニカルベネフィット率は80.0% vs. 41.9%(P=0.02)、1年生存率は60.0% vs. 38.7%(P=0.15)であり、魚油群で奏効率、生存率とも改善が得られました。

 

パクリタキセルによる化学療法を受ける57人の乳がん患者を、ω3系脂肪酸(1920mg/日)を投与する群とプラセボを投与する群に振り分けて、rTNSによるパクリタキセル起因性末梢神経障害の頻度、重症度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(BMC Cancer. 2012; 12: 355.)。

 

末梢神経障害出現頻度は、ω3系脂肪酸群30.0%, プラセボ群59.3%(OR=0.3(95% CI; 0.10-0.88), P=0.029)、治療必要数は3であり、ω3系脂肪酸群で末梢神経障害の出現頻度の減少が見られました。

 

食道がん、あるいは胃がんの手術を受ける195人の患者を、術前後にω3系脂肪酸を豊富に含んだ経腸栄養を受ける群(IED; Oxepa®; EPA 0.51g/100mL, DHA 0.22g/100mL)、術前後に通常の経腸栄養を受ける群(SEN; Ensure Plus®)、術前には特別な経腸栄養を受けず、術後に経腸栄養を受ける群(Control; Osmolite®)に振り分けて、術後のアウトカムに差が出るか否かを検証したランダム化比較試験があります(Br J Surgery. 2012; 99: 346-355.)。

 

各々「IED群 vs. SEN群 vs. Control群」で、術後感染症(50% vs. 54% vs. 48%, P=0.81)、全合併症(65% vs. 59% vs. 58%, P=0.646)、死亡(3% vs. 3% vs. 3%, P=1.000)、入院期間中央値(18日(4-141日) vs. 16日(11-116日) vs. 16日(11-34日), P=0.701)であり、各群間に有意差は認めませんでした。

 

パクリタキセル+プラチナ製剤による化学療法を受ける92人の進行期の非小細胞肺がん患者を、EPAサプリメントを摂取する群としない群に振り分けて、各種アウトカムに有意差が出るか否かを検討したランダム化比較試験があります(Clin Nutrition 2014; 33: 1017-1023.)。

 

2サイクル終了後の体重はEPA群-0.33±3kg、非摂取群-2.2±3kg(P=0.01)、除脂肪体重はEPA群1.6±5kg、非摂取群-2.0±6kg(P=0.01)、EORT-QLQ-C30症状スケールによる倦怠感はEPA群-10.4±6、非摂取群-1.2±0.7(P=0.04), 食欲不振はEPA群-6.6±2、非摂取群-8.6±4(P=0.05)、末梢神経障害はEPA群1±0.4、非摂取群20.1±13(P=0.05)となり、体重や自覚症状はEPA群で好ましい成果が得られました。

 

しかし、全奏功率EPA群47.5%、非摂取群46.3%(P=0.92)、全生存期間中央値はEPA群14.9ヶ月、非摂取群12.1ヶ月(P=0.94)、無増悪生存中央値はEPA群7.6か月(95% CI, 6.3-8.9)、非摂取群6.3か月(95% CI, 5.1-7.4)であり、両群間に有意差を認めませんでした。

 

放射線療法、あるいは放射線化学療法を受ける85人の頭頚部がん患者を、シャゼンムラサキ油(15mL/日)を摂取する群と、ひまわり油(コントロール)を摂取する群に振り分けて、体重、筋力、QOL有意差が出るか否かを検討した二重盲検ランダム化比較試験があります(BMC Complement Altern Med. 2014; 14: 382.)。

 

結果は「シャゼンムラサキ油群 vs. コントロール群」で、体重減少率は-8.9% vs. -7.6%(P=0.303)、握力低下率は-0.86% vs. -0.78%(P>0.05)と有意差なく、QOLスコア(データ記載なし)でも有意な差は認められませんでした。

 

閉経後のホルモン受容体陽性乳がんに対する術後ホルモン療法として、アロマターゼ阻害薬を実施する209人の患者を、ω3系脂肪酸(3.3g/日)を投与する群とプラセボを投与する群に振り分けて、アロマターゼ阻害薬による筋骨格系疼痛の程度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(J Clin Oncol. 2015; 33: 1910-1917.)。

 

12週時点で、ω3系脂肪酸群では開始前のBPI-SF疼痛スコアが7.08から5.34に有意に低下しましたが、プラセボ群でも6.92から5.43への有意な低下が見られ、両群間の有意差もありませんでした(P=0.58)。24週時点でも同様でした(4.83 vs. 5.07, P=0.34)。

 

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エンドポイントはそれぞれですが、ポジティブな試験とネガティブな試験が混在しています。「何某かのQOL改善効果がある可能性はあるが、抗がん剤の効果を高める(奏功率や生存期間を改善する)点に関しては分が悪い」といった感じでしょうか。コクランでも根拠不十分とされています。

 

ここで、ユトレヒト大学からの興味深い論文があるのでご紹介します。

 

魚油あるいは魚由来の16:4(n-3)脂肪酸(ヘキサデカテトラエン酸)には、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカンの抗がん作用を減弱する可能性があるというのです(JAMA Oncol. 2015; 1: 350-358.)。

 

致死的な消耗症候群を起こすC26担がんマウスを用いて、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカンと16:4(n-3)脂肪酸を併用すると、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカン単独で見られていた腫瘍縮小効果が喪失される現象が確認されました。これは市販のサプリメントで推奨されている摂取量の1/3程度の用量でも誘導され、EPA投与時にも血中の16:4(n-3)脂肪酸濃度は上昇し、同様の現象が起こりました。

 

もちろんこれは動物実験レベルですから、人間における再現性まで担保しているわけではありません。しかし、抗がん剤の毒性を軽減する物質が存在すれば、その物質は当然のごとく主作用をも軽減してしまう可能性があるということを忘れてはいけません。

 

また、紹介文の中に超絶的に許しがたい部分があります。

 

食事で動物性脂肪の多い食品を多く食べると、せっかくDHA/EPAサプリメントで摂取しても抗腫瘍効果が減弱しますので、食事にも注意が必要です。

 

呪いの言葉です。QOLを改善させるとみせかけてQOLを損なう呪いのアドバイスです。効果が得られなかった際に「あなたの食生活の乱れのせいでは?」と責任を転嫁するための伏線でもあります。脆弱な根拠を盾に食事制限を指示するのは止めてください。

 

好きなものを我慢しながらDHA/EPAを摂るよりも、好きなものはがんがん食べた方が間違いなくQOLは改善すると思います。食事制限を必要とする補完医療なんてこの世から消え失せてください。本末転倒も甚だしいです。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「高脂血症」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。

 

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する③ 〜ビタミンD3〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチンを検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第3回はビタミンD3です。

 

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最初に、そのクリニックがビタミンD3を紹介している文章を引用しておきます。

 

ビタミンD複数のメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞の分化や死(アポトーシス)を誘導します。ビタミンD3の血中濃度が高い人はがんによる死亡率が低いことが複数の疫学研究で報告されています。

 120カプセル入り(1カプセル当たりビタミンD3 1000国際単位)

 製造:Pure Encapsulations Inc. (米国)

 価格:6,500 円(税込み)

【ビタミンD3はがん患者の生存期間を延長する】

 ビタミンDは骨代謝や血中のカルシウム調節に重要な役割を果たしています。しかし、ビタミンDの働きは、骨とカルシウムの調節だけではなく、種々の細胞の増殖や分化やアポトーシスの制御や免疫調節作用など、多くの生体内機能に関わっていることが明らかになっています。

 多くのがん細胞においてビタミンD受容体が発現しており、ビタミンDががん細胞の増殖を抑制し分化を誘導する作用を持つことが多くの研究で証明され、がんの治療におけるビタミンDの有用性に注目が集まっています。

 「ビタミンD3の血清濃度が高い人は循環器疾患やがんの死亡率が低く、全死因死亡率も減少する」ことを示すメタ解析の結果が複数の研究グループから報告されています。いずれも、ビタミンD3の血中濃度が高い方が死亡率が低下することが明らかになっています。

 がんサバイバーを対象にした研究では、 乳がん、大腸がん、前立腺がん、肺がん、血液がん(非ホジキンリンパ腫やT細胞リンパ腫や慢性リンパ性白血病など)、胃がんなど多くのがんで、血中の25-OHビタミンD濃度が低いほど生存期間が短いことが明らかになっています。

ビタミンD3は血管新生阻害作用、がん細胞の増殖抑制、転移抑制作用など多くの抗腫瘍効果を有しています。 したがって、ビタミンDの濃度が高いほど死亡率が低いのは、ビタミンDががん細胞の増殖や進行を抑えるためだと考えられています。

 

ビタミンD3はカルシウム代謝の恒常性維持に関連したビタミンですが、その欠乏はくる病や骨軟化症、骨粗鬆症など骨の疾患に留まらず、糖尿病、高血圧、心血管疾患、アルツハイマーうつ病、インフルエンザ、更には勃起障害にまでも関連が示唆されています。まさに猫も杓子も状態です。

 

当然のように、ビタミンD3欠乏ががん罹患率やがん死亡率の悪化と関連しているとする報告が複数あります。

 

しかしコクランによると、14報のランダム化比較試験、49,891人を対象としたメタ解析では、ビタミンD3サプリメントによる発がん抑制効果は確認されていません(RR=-1.00(95% CI; 0.94-1.06), P=0.88, I²=0%)。がん死亡率の低下効果(RR=0.88 (95% CI; 0.78-0.98), P=0.02, I²=0%)は多重検定によるタイプ1エラーの結果だとし、「推奨の医学的根拠なし」と結論しています。

 

もし本当にビタミンD3が抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、きっと日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「骨粗鬆症」と診断することになるはずです。

 

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ビタミンD3欠乏(診断時の血液中濃度の低下)が、がんの予後不良と相関していることを示した報告は数多く存在します。全てのがん腫を網羅するのは困難なので、今回はリンパ系腫瘍とビタミンD3に絞って検討させていただきます。ほかのがん腫においても状況に大きな相違はないと思いますが。

 

メイヨ―クリニックとアイオワ大学が共同して実施した前方視的観察研究(J Clin Oncol. 2010; 28: 4191-4198.)によると、診断時にビタミンD3濃度が低値であったびまん性大細胞リンパ腫(DLBCL)とT細胞性リンパ腫(TCL)は、正常であった群に比較して全生存率(DLBCL: HR=1.99(95% CI; 1.27-3.13); TCL: HR=2.38(95% CI; 1.04-5.41))、無イベント生存率(DLBCL: HR=1.41(95% CI; 0.98-2.04); TCL: HR=1.94(95% CI; 1.04-3.61))共に劣る結果となりました。

 

同グループは慢性リンパ性白血病においても診断時のビタミンD3欠乏が全生存率の予後不良因子(HR=2.39(95% CI; 1.21-4.70))になることも報告しています(Blood 2011; 11: 1492-1498.)。

 

米国SWOGとフランスLYSAからは、濾胞性リンパ腫においても診断時のビタミンD3欠乏は全生存率(SWOG:HR 3.57, P=0.003; LYSA:HR 1.84, P=0.14)、無増悪生存率(SWOG:HR 2.00, P=0.011; LYSA:HR 1.66, P=0.013)のリスク因子となる可能性が報告されています(J Clin Oncol. 2015; 33: 1482-1490.)。

 

エジプトや中国からもリンパ系腫瘍において同様の報告があります(Hematology. 2013; 18: 20-25., J Clin Endocrinol Metab. 2014; 99: 2327-2336.)。

 

更に、ビタミンD欠乏がリツキシマブの抗がん作用を減弱することを想定させる報告があります(J Clin Oncol. 2014; 32: 3242-3248.)。

 

びまん性大細胞型リンパ腫の標準治療がCHOP療法であった時代、「ビタミンD正常群 vs. ビタミンD欠乏群」で、3年無イベント生存率は48% vs. 43%(HR 1.2, P=0.388)、3年無増悪生存率は53% vs. 46%(HR=1.4, P=0.172)、3年全生存率は69% vs. 53%(HR=1.8, P=0.025)であったのに対し、R-CHOP療法が標準治療となってからは、3年無イベント生存率は79% vs. 59%(HR 2.1, P=0.008)、3年無増悪生存率は81% vs. 64%(HR=1.8, P=0.047)、3年全生存率は81% vs. 64%(HR=1.9, P=0.04)であり、CHOP時代よりもR-CHOP時代の方が、ビタミンD3欠乏の予後へのインパクトが大きくなっていることが分かりました。

 

しかし、ビタミンD3を化学療法に併用した方が奏功率や生存期間が改善したという医学的根拠はまだありません。

 

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「診断時のビタミンD3欠乏がリンパ系腫瘍の予後不良と相関がある」という現象、そして「ビタミンD3欠乏患者ではリツキシマブの抗がん作用が弱まる」という仮説はあって良いと思います。しかし、ビタミンD3を補充すればその負のインパクトを帳消しにしてくれるか否かは全くの別問題です。

 

仮にビタミンD3欠乏ががんの予後不良因子であることが確かであったとしても、それが「原因(の一つ)」であるか「結果(の一つ)」であるかまでは分かりません。

 

「原因」であればビタミンD3を補充することによりメリットが得られる可能性があります。しかし、そもそものビタミンD3サプリメントによる発がん抑制効果は確認できていないわけですから、少なくとも主要因であるとは考えられません。

 

一方、「結果」、例えばがん細胞がビタミンD3を優先的、選択的に消費した結果としての欠乏であるとすれば、日夜せっせと燃料を投下する行為になりかねません。

 

「餌が不足しとるんじゃ、もっとよこせや!」と貪欲かつ執拗にねだってくる肥えすぎた可愛らしい猫に、もっと餌を与えれば、さらに可愛くなることはないでしょうが、さらに肥えることは自明です。それなのに、したり顔でがん細胞にはビタミンD受容体が云々、と尤もらしい説明を受けた途端に、こうしたリスクを失念して「そりゃ欠乏しているなら補充した方が良いに決まってるよね」と考えてしまいがちです。

 

「がんでは○○が欠乏しているから補充したほうが良い」系の文言にはスペシャルなアテンションをプリーズです。恒常性の維持に支障が出るレベルのビタミンD3欠乏があるならいざ知らず、盲目的な補充は支持できません。

 

次のようなカウンター情報もご紹介しておきます。

 

南カリフォルニア大学で、ステロイドとビタミンD3の併用による抗がん作用の増強を証明するための試験管レベルの研究が行われました。デキサメサゾン感受性急性リンパ性白血病細胞株(RS4;11, SupB)をデキサメサゾン単独下と、デキサメサゾン+ビタミンD3併用下で72時間培養したところ、予想に反してビタミンD3併用下では抗がん作用が減弱してしまったというのです(Leuk Res. 2012; 36: 591–593.)。

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もちろんこれは試験管レベルの研究ですから、人間における再現性まで担保しているわけではありません。しかし、机上の理論と実際の現象とには乖離が起こり得るということを忘れてはいけません。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「骨粗鬆症」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。

 

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する② 〜アセチル-L-カルニチン〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミンを検証しました。結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第2回はアセチル-L-カルニチンです。

 

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最初に、そのクリニックがアセチル-L-カルニチンを紹介している文章を引用しておきます。

 

アセチル-L-カルニチンは脂肪燃焼を促進してエネルギー産生を増やすので抗がん剤治療に伴う倦怠感の改善に効果があります。抗がん剤による末梢神経のダメージを軽減し、修復を促進する効果が報告されています。抗がん剤治療の効果を高める作用も報告されています。

Pure Encapsulations Inc.社(米国)製

500mg/60カプセル入り:6300円(税込み)

【作用機序と有効性の根拠】

抗がん剤治療中をはじめ、がん患者が訴える倦怠感や体力低下に、体内でのL-カルニチンの不足の関与が指摘されています。カルニチンの不足は脳でのエネルギーの枯渇を引き起こし、抑うつ気分や思考力の低下の原因にもなります。

L-カルニチン抗がん剤治療中の倦怠感や抑うつ気分を改善するという臨床報告があります。例えば、イタリアのUrbino病院の研究では、抗がん剤治療を受けた後、倦怠感を訴えた30人を対象に、L-カルニチンを1日4gを 7日間投与したところ、26人(87%)の患者で倦怠感が軽減しました。

アセチル-L-カルニチン(Acetyl-L-Carnitine)はL-カルニチン(L-Carnitine)にアセチル基(CH3CO-)が結合した体内成分です。

アセチル-L-カルニチンは細胞内でL-カルニチンに変換するので、L-カルニチンと同じ効果(脂質の燃焼促進)があります。さらに、アセチル-L-カルニチンは神経細胞のダメージの軽減や、ダメージを受けた神経細胞の修復・再生を促進する効果が報告されています。

神経障害の改善効果に関して、1) カルニチンには抗酸化作用があり、酸化障害を軽減する、2) 細胞内のエネルギー産生を高め、修復を促進する、3) 神経成長因子の効果を高め、神経障害の修復と再生を促進する、といった作用機序が指摘されています。

1日2000mg程度のアセチル-L-カルニチンの摂取は、抗がん剤による神経障害を軽減し、症状を改善し、回復を促進する効果が期待できると言えます。抗がん剤の効き目を高める効果も報告されています。アセチル-L-カルニチンはアセチル基の供給源となってp53蛋白やヒストンのアセチル化を介して抗腫瘍効果を発揮することが推測されています。

(詳しくはこちらへ)

 

【服用上の注意点】

副作用としては、1日4g以上の摂取で吐き気や下痢が起こる可能性があります。

甲状腺ホルモンの作用を軽減する効果が指摘されています。

 

【費用】

500mg/60カプセル入り:6300円(税込み)/通常、1日1000~2000mgを服用します。

 

個人的にはL-カルニチンなのかL-カルチニンなのかすぐに混乱してしまうのですが、抗がん剤治療に伴う倦怠感、末梢神経障害、抑うつ気分、体力低下などの症状を改善させる効果があるとのことです。単一群の小規模臨床試験や作用機序まで持ち出して期待感を演出しています。L-カルニチンは標準治療薬エルカルチン®としても処方が可能です。

 

もし本当にアセチル-L-カルニチン抗がん剤治療の副作用を軽減し、QOL改善やプロトコール遵守の役に立つのであれば、きっと日本全国のがん診療医はこぞってがん患者を「カルニチン欠乏症」と診断し、津々浦々のがん拠点病院がエルカルチン®を院内採用薬にするはずです。

 

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L-カルニチンに対する期待の表れでしょうか、L-カルニチン臨床試験は思いのほかに多いです。ここ数年でも質の高い臨床試験複数報告されています。

 

倦怠感を伴う376人の進行期がん患者に対してL-カルニチン(2,000mg/日)を摂取する群とプラセボを摂取する群の間に、倦怠感の変化に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較第三相試験があります(J Clin Oncol. 2012; 30: 3864-3869.)。

 

主要評価項目はBFI(簡易倦怠感尺度)による倦怠感評価、副次評価項目はFACIT-Fによる倦怠感評価、BPIによる疼痛評価、CES-Dによる抑うつ状態評価です(BFIやFACIT-Fなどに関しては詳細を省きますが、倦怠感など定量化が難しい自覚症状やQOLを、質問票などを用いて相対的、客観的に評価しようとする方法です)。

 

4週時点でBFIによる倦怠感は両群共に改善しましたが、両群間には有意差を認めませんでした(L-カルニチン群: -0.96(-1.32〜-0.60), プラセボ群: -1.11(-1.44〜-0.78), P=0.57)。L-カルニチン群では倦怠感は改善したけれども、プラセボ群でも同レベルで改善したということです。「単一群試験で倦怠感が改善した」というだけでは根拠が脆弱であることをご理解いただけると思います。因みに、FACIT-F, BPI, CES-Dによる倦怠感(P=0.64)、疼痛(P=0.61)、抑うつ(P=0.93)の何れも両群間で差がありませんでした。

 

Sagopiloneの投与を予定している150人の卵巣がん、あるいは去勢抵抗性前立腺がんに対して、アセチル-L-カルニチンを併用する群とプラセボを併用する群の間に、末梢神経障害の程度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較第二相試験があります(Oncologist. 2013; 18: 1190-1191.)。

 

全末梢神経障害の頻度に有意差は認められませんでした。但し、卵巣がんに限定するとGrade 3以上の末梢神経障害はアセチル-L-カルニチン群で有意に低下しました。全奏功率、無増悪生存率、無増悪期間にも差を認めませんでした。

 

術後補助化学療法としてタキサン系抗癌剤(パクリタクセル, ドセタキセル)を予定している409人の乳がん患者に、アセチル-L-カルニチン(3,000mg/日)を併用する群とプラセボを併用する群の間で、末梢神経障害に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(J Clin Oncol. 2013; 31: 2627-2633.)。

 

FACT-NTXで評価した末梢神経障害は、12週時点でアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して-0.9(-2.2〜0.4; P=0.17)、24週時点で-1.8(-0.4〜-3.2; P=0.01)、FACT-TOIで評価した運動機能はアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して12週時点で-0.2(-3.0〜2.7; P=0.92)、24週時点で-3.5(-6.5〜-0.4; P=0.03)でした。つまり、アセチル-L-カルニチンを併用した群の方が、24週時点での末梢神経障害や運動機能が悪化したとの結果でした。因みにFACIT-Fで評価した倦怠感はアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して12週時点で1.3(-0.7〜3.3; P=0.20)、24週時点で-0.6(-2.5〜1.3; P=0.51)であり、倦怠感への効果も認めませんでした。

 

32人の再発難治性多発性骨髄腫に対するボルテゾミブ+ドキソルビシン+デキサメサゾン実施時の際に、アセチル-L-カルニチン(3,000mg/日)を併用する場合と併用しない場合で末梢神経障害に有意差が出るか否かを検証した非ランダム化比較試験があります(Cancer Chemoter Pharmacol. 2014; 74: 875-882.)。

 

Grade 3以上の末梢神経障害は併用群で15%、非併用群で32%でした(P=ns)。Grade 3以上の血液毒性(46% vs. 42%)、全奏功率(54% vs. 53%)、奏功期間中央値(10ヶ月 vs. 3ヶ月, P=0.097)、全生存期間中央値(28.3ヶ月 vs. 22.9ヶ月)の何れにも有意差はありませんでした。

 

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総括すると、L-カルニチンにはプラセボ以上の効果は期待できず、下手をすると末梢神経障害や運動機能を悪化させるリスクもある、となります。高い費用をつぎ込んで、期待していた効果が得られないどころか、知らず知らずに事態を悪化させている危険性すらあるのです。

 

ご参考までに、米国臨床腫瘍学会が2014年に発表した「化学療法起因性末梢神経障害の予防と管理に関するガイドライン」では、アセチル-L-カルニチンを末梢神経障害の予防に使用することは”Strong Against”と全否定しています(J Clin Oncol. 2014; 32: 1941-1967.)。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「カルニチン欠乏症」と診断し、津々浦々のがん拠点病院がエルカルチン®を院内採用薬にすることになる日は永久にこなさそうです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。