yocinovのオルタナティブ探訪

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「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する② 〜アセチル-L-カルニチン〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミンを検証しました。結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第2回はアセチル-L-カルニチンです。

 

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最初に、そのクリニックがアセチル-L-カルニチンを紹介している文章を引用しておきます。

 

アセチル-L-カルニチンは脂肪燃焼を促進してエネルギー産生を増やすので抗がん剤治療に伴う倦怠感の改善に効果があります。抗がん剤による末梢神経のダメージを軽減し、修復を促進する効果が報告されています。抗がん剤治療の効果を高める作用も報告されています。

Pure Encapsulations Inc.社(米国)製

500mg/60カプセル入り:6300円(税込み)

【作用機序と有効性の根拠】

抗がん剤治療中をはじめ、がん患者が訴える倦怠感や体力低下に、体内でのL-カルニチンの不足の関与が指摘されています。カルニチンの不足は脳でのエネルギーの枯渇を引き起こし、抑うつ気分や思考力の低下の原因にもなります。

L-カルニチン抗がん剤治療中の倦怠感や抑うつ気分を改善するという臨床報告があります。例えば、イタリアのUrbino病院の研究では、抗がん剤治療を受けた後、倦怠感を訴えた30人を対象に、L-カルニチンを1日4gを 7日間投与したところ、26人(87%)の患者で倦怠感が軽減しました。

アセチル-L-カルニチン(Acetyl-L-Carnitine)はL-カルニチン(L-Carnitine)にアセチル基(CH3CO-)が結合した体内成分です。

アセチル-L-カルニチンは細胞内でL-カルニチンに変換するので、L-カルニチンと同じ効果(脂質の燃焼促進)があります。さらに、アセチル-L-カルニチンは神経細胞のダメージの軽減や、ダメージを受けた神経細胞の修復・再生を促進する効果が報告されています。

神経障害の改善効果に関して、1) カルニチンには抗酸化作用があり、酸化障害を軽減する、2) 細胞内のエネルギー産生を高め、修復を促進する、3) 神経成長因子の効果を高め、神経障害の修復と再生を促進する、といった作用機序が指摘されています。

1日2000mg程度のアセチル-L-カルニチンの摂取は、抗がん剤による神経障害を軽減し、症状を改善し、回復を促進する効果が期待できると言えます。抗がん剤の効き目を高める効果も報告されています。アセチル-L-カルニチンはアセチル基の供給源となってp53蛋白やヒストンのアセチル化を介して抗腫瘍効果を発揮することが推測されています。

(詳しくはこちらへ)

 

【服用上の注意点】

副作用としては、1日4g以上の摂取で吐き気や下痢が起こる可能性があります。

甲状腺ホルモンの作用を軽減する効果が指摘されています。

 

【費用】

500mg/60カプセル入り:6300円(税込み)/通常、1日1000~2000mgを服用します。

 

個人的にはL-カルニチンなのかL-カルチニンなのかすぐに混乱してしまうのですが、抗がん剤治療に伴う倦怠感、末梢神経障害、抑うつ気分、体力低下などの症状を改善させる効果があるとのことです。単一群の小規模臨床試験や作用機序まで持ち出して期待感を演出しています。L-カルニチンは標準治療薬エルカルチン®としても処方が可能です。

 

もし本当にアセチル-L-カルニチン抗がん剤治療の副作用を軽減し、QOL改善やプロトコール遵守の役に立つのであれば、きっと日本全国のがん診療医はこぞってがん患者を「カルニチン欠乏症」と診断し、津々浦々のがん拠点病院がエルカルチン®を院内採用薬にするはずです。

 

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L-カルニチンに対する期待の表れでしょうか、L-カルニチン臨床試験は思いのほかに多いです。ここ数年でも質の高い臨床試験複数報告されています。

 

倦怠感を伴う376人の進行期がん患者に対してL-カルニチン(2,000mg/日)を摂取する群とプラセボを摂取する群の間に、倦怠感の変化に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較第三相試験があります(J Clin Oncol. 2012; 30: 3864-3869.)。

 

主要評価項目はBFI(簡易倦怠感尺度)による倦怠感評価、副次評価項目はFACIT-Fによる倦怠感評価、BPIによる疼痛評価、CES-Dによる抑うつ状態評価です(BFIやFACIT-Fなどに関しては詳細を省きますが、倦怠感など定量化が難しい自覚症状やQOLを、質問票などを用いて相対的、客観的に評価しようとする方法です)。

 

4週時点でBFIによる倦怠感は両群共に改善しましたが、両群間には有意差を認めませんでした(L-カルニチン群: -0.96(-1.32〜-0.60), プラセボ群: -1.11(-1.44〜-0.78), P=0.57)。L-カルニチン群では倦怠感は改善したけれども、プラセボ群でも同レベルで改善したということです。「単一群試験で倦怠感が改善した」というだけでは根拠が脆弱であることをご理解いただけると思います。因みに、FACIT-F, BPI, CES-Dによる倦怠感(P=0.64)、疼痛(P=0.61)、抑うつ(P=0.93)の何れも両群間で差がありませんでした。

 

Sagopiloneの投与を予定している150人の卵巣がん、あるいは去勢抵抗性前立腺がんに対して、アセチル-L-カルニチンを併用する群とプラセボを併用する群の間に、末梢神経障害の程度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較第二相試験があります(Oncologist. 2013; 18: 1190-1191.)。

 

全末梢神経障害の頻度に有意差は認められませんでした。但し、卵巣がんに限定するとGrade 3以上の末梢神経障害はアセチル-L-カルニチン群で有意に低下しました。全奏功率、無増悪生存率、無増悪期間にも差を認めませんでした。

 

術後補助化学療法としてタキサン系抗癌剤(パクリタクセル, ドセタキセル)を予定している409人の乳がん患者に、アセチル-L-カルニチン(3,000mg/日)を併用する群とプラセボを併用する群の間で、末梢神経障害に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(J Clin Oncol. 2013; 31: 2627-2633.)。

 

FACT-NTXで評価した末梢神経障害は、12週時点でアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して-0.9(-2.2〜0.4; P=0.17)、24週時点で-1.8(-0.4〜-3.2; P=0.01)、FACT-TOIで評価した運動機能はアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して12週時点で-0.2(-3.0〜2.7; P=0.92)、24週時点で-3.5(-6.5〜-0.4; P=0.03)でした。つまり、アセチル-L-カルニチンを併用した群の方が、24週時点での末梢神経障害や運動機能が悪化したとの結果でした。因みにFACIT-Fで評価した倦怠感はアセチル-L-カルニチン群がプラセボ群に比較して12週時点で1.3(-0.7〜3.3; P=0.20)、24週時点で-0.6(-2.5〜1.3; P=0.51)であり、倦怠感への効果も認めませんでした。

 

32人の再発難治性多発性骨髄腫に対するボルテゾミブ+ドキソルビシン+デキサメサゾン実施時の際に、アセチル-L-カルニチン(3,000mg/日)を併用する場合と併用しない場合で末梢神経障害に有意差が出るか否かを検証した非ランダム化比較試験があります(Cancer Chemoter Pharmacol. 2014; 74: 875-882.)。

 

Grade 3以上の末梢神経障害は併用群で15%、非併用群で32%でした(P=ns)。Grade 3以上の血液毒性(46% vs. 42%)、全奏功率(54% vs. 53%)、奏功期間中央値(10ヶ月 vs. 3ヶ月, P=0.097)、全生存期間中央値(28.3ヶ月 vs. 22.9ヶ月)の何れにも有意差はありませんでした。

 

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総括すると、L-カルニチンにはプラセボ以上の効果は期待できず、下手をすると末梢神経障害や運動機能を悪化させるリスクもある、となります。高い費用をつぎ込んで、期待していた効果が得られないどころか、知らず知らずに事態を悪化させている危険性すらあるのです。

 

ご参考までに、米国臨床腫瘍学会が2014年に発表した「化学療法起因性末梢神経障害の予防と管理に関するガイドライン」では、アセチル-L-カルニチンを末梢神経障害の予防に使用することは”Strong Against”と全否定しています(J Clin Oncol. 2014; 32: 1941-1967.)。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「カルニチン欠乏症」と診断し、津々浦々のがん拠点病院がエルカルチン®を院内採用薬にすることになる日は永久にこなさそうです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。