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yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する① 〜メトホルミン〜」

 

 

抗がん剤治療の効果を高めるには、適切なプロトコールを適切な手法で実行することはもちろんですが、その他にも抗がん剤治療の効果を相加的・相乗的に高める治療を併用する、あるいは抗がん剤の毒性を軽減してプロトコールが遵守・完遂できるようにする、といった支持的アプローチが考えられます。

 

そうした立場から補完療法を奨める自由診療系クリニックが無数に存在します。そのリーダー格の一つである某有名自由診療クリニックもまた、『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』として懇切丁寧に名脇役(自称)たちを紹介しています。

 

抗がん剤治療の経過が思わしくなければ、それを改善するために他に何か良い手立てがないものか、と模索するのは世の常です。これらの情報には魅惑的な文言が並び、そうした方々の心情を大いにくすぐり、否が応でも期待を膨らませてしまいます。

 

実害が少なく安価な薬剤で抗がん剤治療の効果を高めることができるのであれば、これほどの福音はありません。しかし、これらの補完療法はその文言や期待に本当に見合った治療なのでしょうか?そして、大切なお金と時間を費やすだけの価値が本当にあるのでしょうか?

 

これから数回に渡ってこのクリニックで紹介している補完療法の有効性を検証してみたいと思います。

 

第1回は補完医療界の小日向文世(自称)と呼び声の高い「メトホルミン」です。標準医療界からも熱視線を送られているドラフト1位候補です。

 

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最初に、そのクリニックがメトホルミンを紹介している文章を引用しておきます。

 

インスリンの働きを良くしてインスリンの産生を抑える糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)ががんの発生率を抑えることが多くの研究で明らかになっています。

がん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があるので、糖尿病をもっていない人でも、がんの発生予防や再発予防やがん治療に役立つ可能性が指摘されています。

抗がん剤の効果を高め、生存期間を延ばす効果が報告されています。

【作用機序と有効性の根拠】

メトホルミンは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。したがって、糖尿病の治療薬として使用されています。

インスリン抵抗性を改善することは老化やがんの予防に有効であることが明らかになっており、メトホルミンはがん予防や抗老化の薬としても注目されるようになっています。膵臓がん・肺がん・大腸がん・乳がんなど多くのがんの予防や治療にメトホルミンが有効であることが多くの研究で明らかになっています。

メトホルミンには、乳がんの増殖や転移や悪性度に深くかかわる遺伝子タンパク(HER2:Human epidermal growth factor receptor type2)の働きを抑える作用があること、エストロゲンを産生するアロマターゼという酵素を阻害する作用も報告されています。ある疫学研究では、メトホルミンを服用することで、乳がんの発症が56%低下することが報告されています。

メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。がん幹細胞の抗がん剤感受性を高め抗がん剤の効き目を高める効果が報告されています。

予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆されています。

【服用法と費用】

メトホルミン(250mg)が50円で、1日2錠を服用しますので、1日100円、30日分が3000円で処方しています。空腹時に1錠づつ、1日2回服用します。

 

作用機序まで記載し、メトホルミンによる抗がん作用が万人に認知された事実であるかのような雰囲気を演出しています。このクリニックはサリドマイドも提供していることは以前のエントリでも触れましたが(「サリドマイドは固形がんにも有効なのか?」)、かなり慎重な物言いでした。メトホルミンをはじめとした補完医療に関しては、そのリスクの小ささが強気なセールストークを可能にしているのでしょう。

 

メトホルミンは言わずと知れた糖尿病の標準治療薬の一つです。メトホルミンを服用している糖尿病患者では、がん罹患率やがん死亡率が低くなることを指摘した研究が数多く存在しますが、その多くは後方視的な観察研究や症例対照研究です。あくまでも現象であって、科学的事実とまでは言えません。

 

もし本当にメトホルミンが抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、標準医療界からドラフト1位指名を受け、晴れて小日向文世(自称)のカッコが外れ、日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「糖尿病」と診断することになるはずです。

 

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メトホルミンの発がん抑制効果を主眼においた研究を統合したメタ解析があります(PLoS One. 2012; 7: e33411., Metabolism. 2013; 62: 922-934.)。

 

1つ目のメタ解析(PLoS One. 2012; 7: e33411.)は日本人研究者の報告ですが、11の観察研究、10の症例対照研究、3つのランダム化比較試験を包括し、総勢1,296,537人を解析対象としています。このメタ解析では、メトホルミンを使用している糖尿病患者では、メトホルミンを使用していない糖尿病患者よりも、発がんリスクが33%低下(RR=0.67(95% CI; 0.53-0.85))することが示されました。

 

2つ目のメタ解析(Metabolism. 2013; 62: 922-934.)は9つの観察研究、13の症例対照研究、2つのランダム化比較試験を包括し、総勢386,285人を解析対象としていますが、このメタ解析においてもまた、メトホルミン使用群では発がんリスクが30%低下(RR=0.70(95% CI; 0.67-0.73))するとの結果でした。

 

これらの研究結果には、「メトホルミンには抗がん作用があるんじゃね」と想定させるだけの十分なパワーがあります。

 

しかし、これらの研究の解釈には些か注意が必要です。これらのメタ解析では、含まれる各研究の患者背景や研究デザインの均一性の指標とされるI2(I二乗値)が、前者で93%、後者で96.8%、と著しく不均一であることが示されています。より均一性を高めるためにサブグループ解析も行っています。

 

前者では、観察研究のみを対象とした場合には、RR=0.66(95% CI; 0.49-0.88, P<0.00001, I2=96%)でしたが、ランダム化比較試験のみを対象とした場合には、RR=1.03(95% CI; 0.82-1.31, P=0.23, I2=30%)、と発がん抑制効果は否定されてしまいました。

 

後者でも、症例対照研究のみを対象とした場合には、RR=0.90(95% CI; 0.84-0.98, I2=83.2%)でしたが、ランダム化比較試験のみを対象とした場合には、RR=1.01(95% CI; 0.81-1.26, I2=9.6%)、とやはり否定されています。

 

いずれのメタ解析においても、対象とする患者集団や研究デザインの均一性が高まるにつれて、メトホルミンの発がん抑制効果が否定されてしまうのです。やはり長期的な前向き介入試験なくして、メトホルミンの発がん抑制効果を確証することはできません。

 

また、糖尿病患者に見られる高血糖や高インスリン血症が一部のがんの危険因子になる可能性は日本の国内外で示唆されています(Cancer Sci. 2013; 104: 1499-1507., BMJ 2015;350:g7607.)。メトホルミン単独では発がん率の抑制は見られなかったものの、メトホルミン+別の血糖降下薬の併用ではその効果が見られたとする観察研究もあります(BMJ Open Diabetes Research and Care 2015;3:e000049.)。

 

メトホルミン自体に抗がん作用があるわけではなく、血糖コントロールの改善が間接的にアウトカムに好影響を及ぼしているに過ぎないのかもしれません。

 

では、すでに発症してしまったがん患者に用いた場合にも、何某かのメリットは得られるのでしょうか?

 

750人の糖尿病を合併した進行期非小細胞肺がんを対象に、メトホルミン内服の有り無しでアウトカムに有意差があったのか否かを検証した後方視的観察研究があります(Am J Respir Crit Care Med. 2015; 191: 448-454.)。この研究では、全生存期間の中央値が、メトホルミン群5ヶ月に対して、非メトホルミン群3ヶ月(P<0.001)であり、メトホルミン群で生存期間が延長したことが示されました。メトホルミン群の方が化学療法を受けた比率が高かったものの(51.5% vs. 43.0%, P=0.03)、傾向スコアを用いて調整してもHR=0.80(95% CI; 0.71-0.89)と有意でした。

 

しかし、メトホルミン群の方が若い傾向があり(P=0.09)、合併症が少なかった(P=0.02)背景までは調整されておらず、期待感は持てるものの、残念ながら確証はできません。

 

この臨床的疑問には、現時点で最も確からしい回答を付けることができる臨床試験があります。

 

メトホルミンの相加的・相乗的抗がん作用を検証することを目的として、転移性あるいは切除不能な膵臓がん患者を対象に、標準的化学療法である「ゲムシタビン+エルロチニブ」に「メトホルミン」あるいは「プラセボ」を併用する群に振り分ける二重盲検ランダム化比較第二相試験がオランダで実施されました(Lancet Oncol. 2015; 16: 839-847.)。

 

主要評価項目である6ヶ月生存率はメトホルミン群56.7%、プラセボ群63.9%で明らかな差は認められませんでした(P=0.41)。無増悪生存中央値はメトホルミン群4.1ヶ月、プラセボ群5.4ヶ月 (HR=1.18(95% CI; 0.77-1.82), P=0.44)、全生存中央値はメトホルミン群6.8ヶ月、プラセボ群7.6ヶ月(HR=1.056(95% CI; 0.72-1.55), P=0.78)、奏功率は両群共に5例ずつ(P=1.00)、Disease control率はメトホルミン群40%、プラセボ群52%(P=0.20)であり、何れも同等でした。

 

他のがん腫ならどうなのか、他の抗がん剤との併用ならどうなのか、もっと大規模な第三相試験ならどうなのか、という臨床的疑問が残るのは当然ですが、現時点では抗がん剤治療+メトホルミンにより奏功率や生存期間が改善するという医学的根拠はありません。

 

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高血糖、高インスリン血症を有する糖尿病患者がメトホルミンを長期的に使用した場合に、メトホルミン自体、あるいはメトホルミンによる血糖の改善が、将来の発がんに対して抑制的に働く可能性はあり得ることだと思います。

 

薬物療法が必要となった糖尿病患者が、勧められた別の治療とメトホルミンとの間に、同等のメリットとデメリットが予測できる場合に、副効果としての発がん抑制効果に期待してメトホルミンを選択することは有りだと思います。しかし、将来の発がんを懸念して糖尿病でもないのにメトホルミンを服用する、あるいは相乗効果を期待して抗がん剤治療にメトホルミンを併用する行為は、現時点では支持できるものではありません。

 

実臨床でも注目度の高い薬剤であることは事実ですし、新たなエビデンスが出てくる可能性はありますが、日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「糖尿病」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。残念ながら小日向文世(自称)のままです。

 

このクリニックはメトホルミンのリスクに関しては一切言及していませんが、乳酸アシドーシスや低血糖などの副作用がありますし、造影剤をはじめとした薬物相互作用も少なくないことも知られています。慎重な姿勢が必要だと思います。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。