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yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

読売新聞の「メトホルミンでがん免疫アップ」報道に思うこと

 

(ご無沙汰し過ぎて何らブログの体をなしておりませんが、細々とでも続けていければと思っております。)

 

正直に申し上げてすでにタイミングを逸している感が否めませんが、2016年7月28日に付の読売新聞に、糖尿病薬「メトホルミン」で、がん免疫アップ…岡山大チームという記事が掲載されました。メトホルミンの抗がん作用に関する話題は、以前に記事にしたこともあり、個人的にも大変注目しております。

 

asia11.hatenablog.com

 

それほど長い記事ではありませんので全体を引用しておきます。

 

糖尿病治療薬「メトホルミン」に、がんに対する免疫細胞の攻撃力を高める作用があることをマウスの実験で突き止めたという研究成果を、岡山大の 鵜殿うどの 平一郎教授(免疫学)らのチームがまとめた。

免疫の力でがんを治療する「がん免疫療法」の効果を高められる可能性がある。大阪市で28日に開かれる日本がん免疫学会で発表する。

チームは、メトホルミンを服用する糖尿病患者は、がんの発症率や死亡率が低いとの報告が多いことに着目。がんを移植したマウスにメトホルミンの成分を加えた免疫細胞を注射し、約1か月後の腫瘍の大きさを調べたところ、ほとんど変わらなかった。何もしなかったマウスは、腫瘍が3倍以上大きくなった。

がん細胞は、免疫細胞の栄養分となる糖分を取り込むことで、攻撃から逃れる性質がある。チームは、メトホルミンが免疫細胞に十分な糖分を補給し、攻撃力を高めているとみている。

京都大の河本宏教授(免疫学)の話「メトホルミンは安価で使いやすく、理論的にも期待が持てる内容だ。高齢者では副作用もある薬のため、安全な使用法を検討する必要がある」

 

8月4日時点では学術文献検索エンジンPubMedではそれらしい論文が引っかかってきません。査読付き専門誌への発表はこれからということでしょうか。私は学会員ではなく抄録集で内容を確認することもできませんが、2015年度にその基盤にあたるであろう論文がPNASにpublishされています。

 

PNASは1914年に創刊された米国科学アカデミー発行の機関誌で、2015年度のインパクトファクターは9.423です。超一流誌とまでは言えないかも知れませんが、非常に由緒正しく、格式高い雑誌であることに異論はないでしょう。幸い無料ダウンロードが可能なので確認してみましょう。

 

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Immune-mediated antitumor effect by type 2 diabetes drug, metformin.

Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112(6):1809-14.

 

基本的に「BALB/cマウスの皮内にRLmale1(マウス白血病細胞株)、あるいはMO5(マウス悪性黒色腫細胞株)を接種し皮膚腫瘍モデルを作成。接種7日目からメトホルミンの経口投与を開始する群とメトホルミンを投与しない群に振り分け、接種10日目(投与開始3日目), 接種13日目(投与開始5日目)に各種評価を行う」という系で実験は進みます。

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BALB/cマウスとSCIDマウスに各々RLmale1を接種しメトホルミンの経口投与を行ったところ、BALB/cマウスでは腫瘍径が縮小しましたが(左パネル)、SCIDマウスでは減少しませんでした(右パネル)。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果は免疫担当細胞が担っている」ことを示唆しています。

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この腫瘍縮小効果は、メトホルミンとCD4に対するモノクローナル抗体を併用(CD4陽性T細胞(CD4+T)を排除)しても消失しませんでしたが、CD8に対するモノクローナル抗体と併用すると消失しました。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果を担っているのはCD8陽性T細胞(CD8+T)である」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収した腫瘍浸潤リンパ球(TIL), CD4+T, CD8+Tを各々カウントしたところ、メトホルミン投与群ではTIL(C), CD4+T(D), CD8+T(E)共に有意に増加していました。これは「メトホルミンには腫瘍内にT細胞を誘導する作用がある」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+Tの分画(PD-1-Tim-3-(B), PD-1+Tim-3-(C), PD-1-Tim-3+(D), PD-1+Tim-3+(E))をカウントしたところ、メトホルミン投与の有無に関係なく、CD8+Tの分画割合には影響がありませんでした。

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RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+TをAnnexinV染色したところ、メトホルミン投与群では10日目, 13日目のAnnexinV陽性細胞が有意に減少していました。これは「メトホルミンには腫瘍内のCD8+Tのアポトーシスを抑制する作用がある」ことを示唆しています。

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このCD8+Tアポトーシス抑制作用はCD8+Tの全ての分画において認められました(B-E)。

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この腫瘍浸潤CD8+Tに認められたメトホルミンによるアポトーシス抑制作用は、脾臓(SP), リンパ節(LN), 胸腺(Thy)内のCD8+Tにおいては確認されませんでした(A-B)。これは「メトホルミンによるCD8+Tアポトーシス抑制作用は腫瘍環境内に限定されている」ことを示唆しています。

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MO5マウスにおいても、メトホルミン投与群では腫瘍の増大速度が有意に減速しました。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果は特定の細胞株に特異的な現象ではない」ことを示唆しています。

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MO5マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したMO5特異抗原OVA(左パネル), TRP2(右パネル)に対する抗原特異的CD8+Tをカウントしたところ、メトホルミン非投与群では経時的に減少しましたが、メトホルミン投与群では維持あるいは増加していました。

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MO5マウスの10日目の腫瘍から回収したOVA, TRP2抗原特異的CD8+TをAnnexinV染色したところ、メトホルミン投与群では抗原特異的CD8+Tのアポトーシスが有意に抑制されていました(C-D)。

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MO5マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したCD8+Tを、OVAでパルスした樹状細胞と共培養し、そのサイトカイン産生能を測定したところ、メトホルミン投与群ではIFNγとTNFαの産生能が向上しました。これは「メトホルミンには腫瘍内のCD8+Tのサイトカイン産生能を向上させる作用もある」ことを示唆しています。

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メトホルミン投与が、RLmale1マウスの7日目, 10日目, 13日目の腫瘍から回収したメモリーT細胞の分画(CM=central memory T, CD44+, CD62Lhigh, EM=effector memory T, CD44+, CD62Llow, E=short-lived effector T, CD62Llow, KLRG1high)に与える影響をカウントしたところ、メトホルミン非等与群では、10日目はCM=EMでしたが、13日目にはCM↑, EM↓とCM優位となり、Eは経時的に減少しました。一方、メトホルミン群では10日目, 13日目共にCM↓EM↑とTEM優位となり、Eは経時的に増加していました(A-B)。

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MO5モデルにおいても同様の現象が確認されました(C-D)。これは「メトホルミンによる腫瘍縮小作用を担っているのはEM およびEである」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目に腫瘍から回収したCD8+TのIFNγ, TNFα, IL-2産生は、メトホルミン非投与群ではCMが、メトホルミン非投与群ではTEMが主体となっていました。

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メトホルミン非投与群では単独のサイトカインを産生するCD8+Tしか存在しませんでしたが、メトホルミン投与群では複数のサイトカインを産生するCD8+Tの存在が認められました。これは「メトホルミンによる腫瘍縮小作用を担うEMは多機能を備えている」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目の腫瘍から回収したCD8+Tの分画毎のサイトカイン産生能を測定したところ(A-B)、メトホルミンにより誘導されたIFNγ, TNFα, IL-2トリプルサイトカイン産生CD8+Tの表面形質はPD-1-Tim-3+(B)が主体でした。

 

ここからは今までと違う実験系になります。C57BL/6(CD45.2)マウスのMO5モデルを作成し、OT-1(CD45.1)マウス由来のCD8+T、OVAワクチン、メトホルミンを各種組み合わせで投与する系です。

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各種治療開始後3日目のリンパ節(LN)と腫瘍内(tumor)のCD8+Tのカウントと、そのサイトカイン産生能を測定したところ、CD8+T単独では、そのCD8+Tは腫瘍内への浸潤はほとんど認められませんでした。CD8+TをOVAワクチンと同時に投与すると、CD8+Tは腫瘍内に浸潤するようになったものの、サイトカイン産生能はほとんど認められませんでした。更に、そこにメトホルミンを併用するとCD8+Tの腫瘍内浸潤は更に増加し、Tim-3+分画においてサイトカイン産生能を認めるようになりました。これは「メトホルミンは細胞免疫療法やがんワクチンの効果を高める可能性がある」ことを示唆しています。

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OT-1マウス由来のCD8+Tを10μMのメトホルミンとAMPK阻害剤(CC)存在下で共培養した後に、MO5マウスに投与し、投与後2日目に脾臓(spleen)と腫瘍(tumor)のCD8+Tを回収し、そのサイトカイン産生能を測定しました。メトホルミン単独群では、CD8+Tは腫瘍内に浸潤しサイトカイン産生能を呈しましたが、AMPK阻害剤との併用群では、脾臓への移行は阻害しなかったものの、腫瘍内への浸潤は阻害されました(B)。そして、メトホルミンの腫瘍縮小効果自体も、AMPK阻害剤により阻害されるようになりました(C)。

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メトホルミンによってAMPKとその下流のAcetyl-CoA carboxylase(ACC)のリン酸化が誘導されましたが、その現象はAMPK阻害剤の存在下では阻害されました。これらは「メトホルミンの腫瘍縮小効果はAMPKを介している」ことを示唆しています。

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RLmale1マウスの10日目の腫瘍からCD8+Tを回収し、発現している蛋白質を検出したところ、メトホルミン投与群ではリン酸化AMPKαとAMPKβ、ならびにBat3の増加が認められました(Bag1, Bax, Bcl2の発現量には影響はありませんでした)。

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このCD8+Tにおいては、メトホルミン投与群でカスパーゼ3活性の抑制も認められました(B)。そして、その抑制効果はEM分画で顕著でした(C)。更に、メトホルミン投与群では、EMのみならずCM, E分画においても、mTOR下流分子であるpS6が抑制を受けていました(D)。これは「メトホルミンの腫瘍縮小効果はAMPKリン酸化を介したmTOR抑制である」ことを示唆しています。

 

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「メトホルミンは、CD8陽性T細胞、特にPD-1-Tim-3+分画のeffector memory T細胞を腫瘍内へ誘導し、腫瘍内でのT細胞のアポトーシスを抑制し、かつ多サイトカイン産生能を保持することにより、腫瘍縮小効果を発揮すると示唆される」ということを丁寧に検証した非常に評価できる報告と思いました。今回の学会発表も恐らく近日中に論文化されるでしょうから非常に楽しみです。

 

しかしちょっと待ってくださいよ。これはあくまでもマウスでの動物実験です。使用した被験体も腫瘍細胞株も免疫細胞もオールマウスです。人間でも同じ現象が起きることは保証されていますか?がんが体内に出現した7日以内にメトホルミンを飲み始めるというミラクルを起こせますか?腫瘍内T細胞を賦活化するためのメトホルミンの適切な用量用法はどのようになっていますか?免疫の賦活が副作用に繋がる危険性はありませんか?メトホルミンと細胞免疫療法やがんワクチンの併用による安全性の検討は一切されていませんがそれでも人間にすぐ応用しますか?この研究を人間に応用するためには超えなくてはならないハードルや課題はまだまだ多いと言わざるを得ません。

 

これらを踏まえて冒頭の読売の記事に戻ってみますと、色々気になる表現があることに気が付きます。

 

例えば、『免疫の力でがんを治療する「がん免疫療法」の効果を高められる可能性がある』の部分です。読者は、この「がん免疫療法」がどのような治療のことを指していると考えるでしょうか?

 

私は、この記事を読んだ人が、巷の自由診療クリニックで受けることができる高価なインチキ「がん免疫療法」のことを想起するのではないかと危ぶむのです。

 

この実験に登場する「がん免疫療法」は「細胞免疫療法(OT-1マウス由来CD8+T)」と「がんワクチン(OVAワクチン)」に相当すると考えます。しかし、この実験で使用している免疫細胞は自家(自分の)T細胞ではなく同種(他人の)T細胞ですし、実臨床でOVA(卵白アルブミン)ワクチンが使用されている状況はありません。この実験と同じ内容の「がん免疫療法」を受けることができる実効性はゼロなのです。

  

また、京大河本教授のコメント『高齢者では副作用もある薬のため、安全な使用法を検討する必要がある』も軽率で迂闊だと思います。「高齢者でなければ副作用はない」に聞こえます。何の脚色もないのであれば、うっかりにも程があります。「あくまでもネズミのネズミによるネズミのためのがん免疫療法のお話ですから、早まらないでくださいね」くらいは言って欲しいです。

 

忸怩たる思いではありますが、「この未来ある研究は、現時点ではそれらの詐欺師たちが私腹を肥やす一助にしかならない」というのが私見です。この記事は実質的には、インチキ自由診療クリニックの完璧なまでのプロモーションであり、ダークサイド医への華麗なるスルーパスにしかなっていないと思うのです。さながらファンタジスタのようです。

 

患者「がん免疫療法とメトホルミンを併用すると効果が上がると読売新聞に載っていいたのですが?」インチキクリニック「あなたがそこまでおっしゃるなら試してみましょう(自己責任でね)」という会話が繰り広げられる近未来が私には見えてしまうのです。

 

メトホルミンが比較的容易に入手したりアクセスしたりできるものだからこそ、その情報提供には慎重になって欲しいのです。私は、読売新聞のこの記事を読んだ標準医療に不満を持つ方々が、「がん免疫療法」と「メトホルミン」を求めて自由診療系クリニックの門を叩いてしまうのではないかと切に危惧しています。

 

メディアは、論文化もされていないような学会発表や、試験管・動物実験レベルの研究を記事にするべきではないと考えます。また同時に、研究者側も一般受けしそうな研究をメディアに売り込むよう態度(があるかどうかは知りませんが)は控えるべきだと考えます。