yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「個別化医療とは何か?」

 

デイヴィット・サケットが「根拠に基づく医療(EBM; evidence-based medicine)」を提唱した1990年代以降、その概念は、一部の誤解があるものの、臨床の現場に広く浸透しています。現在標準的に使用されている薬剤や治療法の多くは、大規模集団における臨床試験の結果(エビデンス)を下に取捨選択されています。特定の疾患と診断された患者は、その疾患にエビデンス順位の高い薬剤や治療法から検討されることになります。

 

所詮、一人の医師の経験はごく限られたものです。仮に50年間医師として働いたとしても、診たことのない疾患は山のようにあるはずです。診たことはあっても、遥か昔に1-2例だけなんてことも少なくないでしょう。そんな乏しい経験の上に築かれる「勘」だけに頼った医療はまっぴらごめんです。先人たちが蓄積した根拠を参考にしようとする態度は至極当然のものと言えます。

 

しかしEBMには、「画一的で、個々の患者の背景を考慮していない」といった批判も少なくありません。本来、EBM「個々の患者の問題点に対し医学的に利用可能な最善のエビデンスを適用しようという医療」であって、決してガイドライン的治療を目指したものではありません。患者の背景に最も近い母集団を対象としたエビデンスを探して実行する作業です。大規模なランダム化比較試験のような質の良いエビデンスが見つかることもあれば、症例報告レベルのエビデンスしか見つからないこともあります。それでも、EBMには「画一的治療」という側面があることは否めません。

 

一般的に、ある「治療が上手いこと運ぶ」ためには、その「治療が効いている」ことはもちろん、その「治療の副作用が許容される」ことも同等に吟味されなくてはなりません。治療の反応性や副作用の出やすさは、特定の診断名や病期といった疾患側の因子のみでは決まるわけではなく、当然ながら年齢、性別、体力、合併症の有無といった患者側の因子もまた、多大な影響を及ぼします。

 

近年、疾患側だけではなく、これらの患者側の因子も重要視しようという医療として、「個別化医療(パーソナライズド・メディスン)」という概念が注目されています。あるいは「オーダーメイド医療」「テーラーメイド医療」などの別称もあります。定義するならば、「治療応答性に影響を与える遺伝子要因環境要因を考慮しつつ、個々の患者に合った治療法を提供する医療」と言えるでしょう。

 

本来、EBM個別化医療は目指すところは同じであって、決して対立軸ではないと思うのですが、何故かEBMに対するカウンター的な意味合いで用いられている機会をしばしば目にします。恐らく解釈の誤認と思われるのですが、「本当のところ個別化医療とは何なのか?」について考えたいと思います。

 

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個人的には、「個別化医療」が注目されるようになった背景には、二つの大きな時代の流れがあると感じています。

 

一つ目は高齢化です。患者の高齢化により、画一的な治療ではいかんともし難いケースが増え、より個別的な対応を求められるようになってきました。

 

個別化よりも少々粗い方法ではありますが、伝統的に「層別化」と呼ばれる医療は古から行われています。悪性リンパ腫の中で最も多い、びまん性大細胞型リンパ腫(DLBCL)を例に挙げてみます。DLBCLの予後層別化分類で最も頻用されているものに、IPI(international prognostic index)があります(N Engl J Med. 1993; 329: 987-994.)。

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初発のDLBCLにおいては通常、標準化学療法(R-CHOP療法6~8サイクル)が選択されます。しかし、中高リスク、高リスクのDLBCL患者は、標準化学療法のみでは長期生存の成績が芳しくないため、大量化学療法の適応があれば、標準治療後の地固め療法として大量化学療法を行う方法も選択肢に挙がってきます(但し標準治療とは言えないので臨床試験として実施するのが理想的です)。

 

疾患の治りやすさ、あるいは治りにくさを反映する「予後因子」の多寡により、低リスク、中間リスク、高リスクなどの複数のリスク群に振分け、各々のリスク群に見合った治療戦略を立てる、という方法は標準医療の主流だと思います。

 

また、高齢者や臓器障害を有する患者に対して、用量を減量したり治療間隔を広げたりする、心疾患を有している患者へはアンスラサイクリン系薬剤の使用を減量したり割愛したりする、など古典的に行われている方法も、層別化の一つと言えるかもしれません。

 

しかし、患者の高齢化による患者背景の多様化が進み、層別化では層別しきれない患者群が増えてきたため、より患者側の因子に配慮した個別化が求められるようになってきたのだと思います。

 

二つ目は分子標的療法の台頭です。分子標的療法とは「癌細胞と正常細胞の差を『標的』とし、これを変更修飾することにより治療につなげる方法」と定義することができます。

 

同じく、DLBCLを例に挙げれば、キメラ型抗CD20モノクローナル抗体であるrituximabが代表的です。CD20はプレB細胞から活性化B細胞の段階のB細胞表面に特異的に発現している蛋白質で、B細胞以外の細胞には発現していません。Rituximabは、理論的にはこのCD20に結合することにより細胞傷害作用を発揮するため、CD20を発現したB細胞は正常、腫瘍細胞を問わず選択的に狙い撃ちすることができます。B細胞性リンパ腫の一つである、DLBCLにも有効と考えられます。

 

フランスにおいて、DLBCL患者に対する、これまでの標準治療であったCHOP療法と、rituximab併用CHOP(R-CHOP)療法の無作為化比較臨床第Ⅲ相試験が実施されました(N Engl J Med 2002; 346: 235–242.)。CR率(63% vs. 76%, p=0.005), 2年無イベント生存率(38% vs. 57%, p<0.001), 2年全生存率(57% vs. 70%, p=0.007)の何れにおいてもR-CHOP 療法群が勝り、1970年代以降、長きに渡って標準治療であったCHOP療法からその座を奪うというブレイクスルーをもたらしました。

 

分子標的療法は、CD20などの標的を有する患者には効果を発揮しますが、標的を有さない患者には全くもって無効な治療です。個々の遺伝子多型や遺伝子変異から、ある治療が効くと目される「標的」、言い換えれば「予測因子」を有しているか否かを明らかにする作業こそが個別化医療の本質です。分子標的治療の台頭により「予測因子」の重要性が飛躍的に上がったため、自ずと個別化医療の概念が広がってきたのだと思います。

 

近年は遺伝子学的予測因子を組み合わせて治療を個別化しようとする試みも出てきています。同じく、DLBCLを一例に挙げてみましょう。

 

マイクロアレイという手法で遺伝子を網羅的に解析した結果、DLBCLにはGerminal center B-cell-like(GCB)群と、Activated B-cell-like(ABC)群があること、ABC群がGCB群よりも予後が不良であることが明らかになっています(Nature. 2000; 403: 503-511.)。また、このグループ分けは、免疫組織染色におけるCD10, BCL6, MUM1の陽性パターンから、より簡便に再現できることも示されました(Blood. 2004; 103: 275-282.)。

 

そして、ABC群DLBCLの予後不良を克服する試みとして、標準治療にブルトンチロシンキナーゼ阻害剤であるibrutinib(Lancet Oncol. 2014; 15: 1019-1026.)や、プロテアソーム阻害剤であるbortezomib(REMoDL-B)を組み合わせた臨床試験が実施されています。将来的には、同一疾患であっても、遺伝子要因により治療選択がより個別化していくと推測されます。

 

先にも述べましたように、真の個別化医療は遺伝子要因だけでなく、環境要因をも考慮したものであるべきです。しかし現状では、ここまで見てきたように遺伝子要因による個別化が主体となっています。

 

個人を取り巻く環境要因は極めて多様です。年齢、性別、体力、合併症の有無だけではなく、民族、認知力、性格、精神状態、学歴、職業、飲酒、喫煙、嗜好、アレルギー、血液型、出身地、居住地、経済力、加入している保険の種類、両親の有無、兄弟の有無、配偶者の有無、子供の有無、利き腕、趣味、価値観、人生観などなど、枚挙に暇がありません。

 

各論的な説明は割愛しますが、IADL、MMS、GDS、VES13、MNA、CCI、HCT-CIなどのスケールを使用して、患者の虚弱性を包括的に評価し、治療の個別化に反映させようという試みも確実に広がってきています。しかし、全ての環境因子を考慮した広義的な意味での個別化医療は、検証が困難ですし、その実現可能性は殆どないと言わざるを得ません。

 

よって、個別化医療とは、狭義的には「治療応答性に影響を与える主に遺伝子要因を考慮しつつ、個々の患者に合った治療法を提供するゲノム医療」と定義しても差し支えないと考えます。そして個別化医療もまたエビデンスの上に構築されていくものなのです。

 

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個別化医療についての理解が深まってきたと思います。少々話は変わりますが、九段クリニックの阿部博幸医師が理事長を務める国際個別化医療学会(旧国際統合医学会)という学会があります。阿部博幸医師が理事長、旧国際統合医学会などの情報から、正直頭の中に疑問符が浮かんでしまうのですが、その名称からは志の高い学会である印象を強く受けます。この学会が定めるところの個別化医療の定義を見てみましょう。

 

パーソナライズド・メディシン(個別化医療)とは、バイオテクノロジーに基づいた患者の個別診断と、治療に影響を及ぼす環境要因を考慮に入れた上で、多くの医療資源の中から個々人に対応した治療法を抽出し提供することです。

 

いささか「遺伝要因」よりも「環境要因」を強調した文章である印象は受けますが、間違ってはいないと思います。

 

個別化医療の基幹となる要素は、薬理ゲノム学やバイオマーカーのみならず、ライフスタイルや生活歴、人生観、現在の身体的問題など、患者固有の情報を浮き彫りにした個々人の医学的ポートレイトです。

 

ライフスタイル、生活歴、人生観、ポートレイトなどの曖昧なワードが並べられました。これらの情報を蔑ろにしても良いとは申しません、いや寧ろ積極的に取り入れた方が良いでしょう。しかし先にも述べましたように、全ての環境要因を客観的に評価し、科学的に判断するのは困難であり、個別化医療の守備範囲とは言えません。診断、予後・予測因子評価、包括的虚弱性評価の後に、推奨される治療を提案するところまでが個別化医療であり、そこに人生観や価値観を反映させるのは、あくまでも患者と医療者との泥臭いコミュニケーションを経るしかないと思います。

 

患者自身の基礎体力による条件などによっても複雑に変化する、個々人の医学的ポートレイトに基づく最適な治療には、コアとなる治療は当然ながら、サポートケアも含まれます。アロマテラピー、マッサージ、鍼灸、温熱療法、漢方、気功、サプリメントやビタミン療法などのサポートケアの要素をいかにコア治療へ結びつけていくか、いかにその有用性を実証していくか、これらもパーソナライズド・メディシンの実現においては重要なポイントと言えます。

 

突如として代替医療オンパレードを盛り込んできたので、驚きを通り越して吹き出しそうになりました。個別化医療の主題は「コアとなる治療」のはずですが、あからさまに「サポートケア」にすり替えています。

 

阿部博幸理事長自らが翻訳し、学会が「座右の書」としての活用を推奨している「個別化医療テキストブック」も拝読させていただきましたが、環境要因の評価方法や代替医療の提供方法の話題は微塵も出てきません。彼は本当にこの書を翻訳し理解したのかと、首を傾げるしかありません。患者を代替医療に誘導するために、意図的に個別化医療の概念を捻じ曲げているのではないか、と疑われても仕方がないレベルです。

 

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私は、国際個別化医療学会の面々が提唱するところの医学的ポートレイトに基づく「個別化医療」は、実質的には「選別化医療」あるいは「識別化医療」といったネーミングが似つかわしいと考えています。

 

「あなたみたいな標準治療だけでは心配な方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療に懐疑的な方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療の効果が低い方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな標準治療を受ける体力がない方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな時間とお金にゆとりのある方には代替医療がおススメです!」

「あなたみたいな最期まで夢を見たい方には代替医療がおススメです!」

 

彼らは、代替医療が有効そうな患者を「個別化」しているのではなく、代替医療に親和性の高い顧客を「選別化」「識別化」しているだけに見えます。選別化、識別化した後には、それこそ根拠のない代替医療を「画一的」に行っているだけです。

 

「あなたは胃癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは肺癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは前立腺癌ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

「あなたは悪性リンパ腫ですから高濃度ビタミンCがおススメです!」

 

見事なまでに画一的ではないですか。彼らはひたすらに無根拠で無節操な治療を提供する、個別化医療からは最も遠い存在です。本来、EBM個別化医療は相反するものではなく、相補的なものであるはずなのですが、「EBMは画一的だけど、個別化医療には多様性がある」という誤解があることに乗じて「個別化医療」を悪用しているようにしか見えません。

 

彼らが国際「個別化医療」学会を名乗ってしまったことによって、個別化医療の概念に「僕の医療」「私の医療」といった「ゆるふわ」「キラキラ」感が植えつけられてしまったように思うのです。個別化医療は間違いなく将来の医療の軸になってきます。その個別化医療の誤認により、誤った方向へ進みかねない事態になってしまったことに大いに失望しています。

 

私は声を大にして言いたいです。「あなた方には『個別化医療』を名乗る資格はありませんよ」と。

 

 

追記:

国際個別化医療学会の役員名簿には、ダークサイドでは高名な面々はもちろん、高久史麿医師、日野原重明医師、天野篤医師、岡野栄之医師などライトサイドの著名人も名前を連ねています。この方々は、個別化医療の主旨に賛同されているだけなのだとは思いますが、この学会の役員に名前を連ねることにより、トンデモの権威付けに手を貸してしまっている実態にお気づきなのでしょうか?

 

 

参考図書:

  1. 里見清一著 『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい解釈』 中外医学社
  2. Kewal K. Jain (著), 阿部 博幸 (翻訳) 『個別化医療テキストブック』 国際個別化医療学会