yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

朝日新聞の「ビタミンCで放射線障害軽減」報道に思うこと

 

2015年2月5日木曜日に、朝日新聞「ビタミンCで放射線障害軽減 防衛医科大、マウスで実験」という記事を掲載しました。防衛医科大学の木下学准教授の研究グループから科学雑誌PLOS ONEに発表された論文です。「致死量の放射線被曝させたマウスにビタミンCを投与したところ生存率が改善した」という主旨です。

 

ビタミンCのような身近で安価で比較的に安全と言われている物質を使って、致死量あるいは障害を生じるような放射線被曝してしまった人を救うことができるのであれば、それは心から歓迎されるべきことです。

 

同研究グループでは、予てからビタミンCの放射線障害に対する保護効果を研究されており、その成果を一歩々々着実に進歩させていていることが分かります。

J Radiat Res. 2010; 51: 145-156.

(Pretreatment with ascorbic acid prevents lethal gastrointestinal syndrome in mice receiving a massive amount of radiation.)

Int J Mol Sci. 2013; 14: 19618-19635.

(A combination of pre- and post-exposure ascorbic acid rescues mice from radiation-induced lethal gastrointestinal damage.)

非常に評価できますし、是非とも今後も研究を進展させて、実用的な放射線被曝後のビタミンCの使用方法の確立を目指して欲しいと衷心より思います。

 

しかし、ちょっと待ってください。この「致死量の放射線被曝させたマウスにビタミンCを投与したところ生存率が改善した」というこの論文は、本当に朝日新聞といった全国紙レベルで大きく取り上げるべき論文なのでしょうか? 十八番の先走り報道である可能性はないでしょうか?

 

PLOS ONEはオープンジャーナルで誰でも読むことができますので、実際に読んでみたいと思います。

 

 

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掲載論文はこちらです。

PLoS One. 2015; 10: e0117020.

(Treatment of irradiated mice with high-dose ascorbic Acid reduced lethality.)

 

【方法】

・生後8週のオスのC57BL/6マウスに各々7, 7.5, 8Gyの全身放射線照射(WBI)を実施した。

・ビタミンC(アスコルビン酸)を生理食塩水で溶解し (60mg/mL)、炭酸水素ナトリウムを加えてpH 7.35に調整したものを、WBI前と後(1, 6, 12, 24, 36, 48時間)にビタミンC量で1〜4.5g/kg投与した。生理食塩水のみのものを対照とした。

・WBI前後の血球計算、血漿ビタミンC濃度、総ヒドロペルオキシド(酸化マーカー)、BAP(biological antioxidant power; 抗酸化マーカー)、IL-1β/IL-6/TNF-α/IFN-γ(炎症性サイトカイン)を経時的に測定した。

・また、WBI後の骨髄のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色とカスパーゼ3(アポトーシスマーカー)免疫染色を実施した。

 

【結果】

・WBI後の60日生存率(図1)

7Gy照射モデルでは、対照群67%に対して、WBI直後にビタミンC 3g/kgを投与した群では100%に改善した(p<0.01, 図1A)。しかし、投与量を1〜2g/kgにした場合には、生存率の改善効果は得られなかった(図1A) 。

7.5Gy照射モデルにおいても、対照群47%に対して生存率は有意に改善した(p<0.01; 図1B)。しかし、投与量を4.5g/kgにした場合には、投与後1日で過半数が死亡し逆に生存率は悪化した(図1B)。因みにWBIを実施しなかったマウスにおいても投与量が4.5g/kgの場合には、投与後1日で過半数が死亡した(図表の提示なし)。

8Gy照射モデルでは対照群0%に対して、投与群では20%に改善した(統計学的検定データの提示なし; 図1C)。しかし、WBI前の同量のビタミンC投与では生存率65%とより高い改善効果が得られた(vs.対照群 p<0.01; vs. WBI後投与群 p<0.05; 図1C)。7.5Gyモデルと同様に、投与量を4g/kgと4.5g/kgにした場合にも生存率は各々13%と0%であり、改善効果は見られなかった(図表の提示なし)。

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WBI後の血球計算の推移(図2

WBI 7.5Gyおよび8Gy照射後14日目までは、造血機能に対照群とビタミンC 3g/kg投与群で有意差を認めないが、14日目を超えるとビタミンC投与群において有意に造血能の回復が促進された。

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・WBI後の骨髄(図3)

WBI後14日目の骨髄のHE染色では、対照群(図3A, C)では造血細胞が殆ど見られないのに対して、ビタミンC 3g/kg投与した群(図3B, D)では造血細胞が保持されていた。7.5Gy照射モデルでも同様の所見が見られた(図表の提示なし)。

WBI後6時間の骨髄のカスパーゼ3免疫染色では、対照群(図3E)では陽性細胞が200倍視野で51±6細胞であったのに対して、ビタミンC 3g/kg投与した群(図3F)では28±3細胞(p<0.01)であった。

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・ビタミンC投与後の血中ビタミンC濃度とBAP活性の動態(表1

ビタミンC 3g/kg投与後、血中ビタミンC濃度は30分後にピークとなり、1時間後も高濃度を維持したが、2時間後には急激に低下した(7.5Gy照射群:120±38 μg/L, 未照射群:188±27μg/L)。この傾向にはWBIの有無の影響は見られなかった。

BAP(抗酸化マーカー)活性は、ビタミンC 3g/kg投与後30分でピークとなり、1時間後には定常状態まで低下した。

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WBI後の血中炎症性サイトカイン濃度の推移(図4

WBI 7.5Gy照射後、炎症性サイトカインは7日目には上昇し始め、14日目には更に増加する。ビタミンC 3g/kgの投与群ではIL-1βとIL-6の14日目の増加が有意に抑制された。TNF-αの抑制は見られなかったが、IFN-γは抑制傾向であった。

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WBI後のビタミンC投与までの時間(図5

WBI後のビタミンC 3g/kgの投与が24時間以内であれば、生存率の改善効果は見られたが(図5A)、36時間以降では見られなかった(図5B)。

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・ビタミンC分割投与の効果(図6

WBI 7.5Gy照射後、1.5g/kgのビタミンCを照射直後と24時間後に分割投与する方法でも、3g/kgの単回投与と同様の生存率改善効果が得られた(図6A)。照射直後の1.5g/kg単回投与では同様の効果は得られなかった(図表の提示なし)。

また、WBI 7.5Gy照射後、ビタミンC の1.5g/kg分割投与と3g/kgの単回投与では、同等の血中活性酸素の抑制作用が得られた(図6B)。

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以上です。

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放射線による骨髄急性障害に対する、ビタミンCの抗酸化作用、抗炎症作用などを伴う骨髄保護効果を示唆した研究です。今後の人間への応用やより良い投与方法の確立へ期待できる内容と思いました。

 

しかしよく考えてくだい。これはあくまでもマウスでの動物実験です。ビタミンCの投与方法も腹腔内投与です。照射前ビタミンC投与の方が効果的だった、1〜2g/kgの投与では効果がなかった、4g/kg以上の投与では逆に早死が増えた、24時間を越えた場合には効果が喪失した、などのネガティブデータの記載もあります。またビタミンCによる有害事象の検討はされていません。この研究を人間に応用するためにはまだまだ超えなくてはならないハードルや課題が多いと言わざるを得ません。

 

一方、実際の記事の中で、この研究に対して指摘(?)した問題点は「ただ、今回の量は体重60キロの人だと180グラムにも相当する」という一文のみというお粗末なものです。

 

そもそも全身に7.5Gyとか8Gyの放射線被曝するような状況は、造血幹細胞移植や臨界事故など極々限られたポピュレーションの話であって、福島第一原発事故を連想させたり、大衆化して消費したりするような内容ではないのです。

 

この世には「高濃度ビタミンC点滴」という詐欺まがいの自由診療で商売をしている厚顔無恥な医療者が五万と存在します。真に忸怩たる思いではありますが、「この未来ある研究は、現時点ではそれらの詐欺師たちが私腹を肥やす一助にしかならない」、というのが私見です。未来ある研究は、エンターテインメントや娯楽ではなく、科学的に粛々と進歩したり淘汰されたりすれば良いのです。STAP細胞事件で思い知ったはずです。

 

朝日新聞に対しては「著名な全国紙が軽薄で愚劣な医療者を後押しするような報道をする目的は何のか!」と小一時間問い詰めたい思いです。百歩譲って報道するとしても、センセーショナルな結語だけではなく、正確な研究内容、ネガティブデータ、現時点での位置づけ、人間への応用ための問題点や課題なども、誰にでも分かるように整然と併記して欲しいです。余程の慎重を期さないと「ビタミンCが」という主語と「放射線障害を防護する」という結語だけが一人歩きしてしまうのです。それができないのなら本当に余計なことをするのは止めてください。

 

ビタミンCが容易に入手したり容易にアクセスできるものだからこそ、その情報提供にはより慎重になって欲しいのです。私は、朝日新聞のこの記事を読んだ科学リテラシーが高いとは言い難い方々や過度に放射線障害に不安を持った方々が、ビタミンCのサプリメントを買い求めたり、自由診療系クリニックの門を叩いたりしてしまう事態が起こることを切に危惧しています。