yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する④ 〜ドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチン、第3回はビタミンD3を検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第4回はドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)です。

 

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最初に、そのクリニックがDHA/EPAを紹介している文章を引用しておきます。

 

ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は魚油に多く含まれるオメガ3系不飽和脂肪酸で、様々な抗がん作用が知られています。抗がん剤治療の抗腫瘍効果を高めます

1袋でDHA 24.3g EPA 5.4gを摂取出来ます。

300mg×300粒入 3,500円(消費税込み)

[作用機序と有効性の根拠]

DHA(docosahexaenoic acid;ドコサヘキサエン酸)とEPA(eicosapentaenoic acid;エイコサペンタエン酸)は魚油に多く含まれているオメガ3系多価不飽和脂肪酸です。

プロスタグランジンE2(PGE2)という生理活性物質が増えすぎるとがん化しやすく進行も速まることがわかっています。PGE2は細胞の増殖や運動を活発にしたり、細胞死が起こりにくくする生理作用があるため、がん細胞の増殖や転移を促進します。PGE2はω6 系不飽和脂肪酸リノール酸から合成され、DHAなどのω3 系不飽和脂肪酸はPGE2が体内で増えるのを抑える働きがあります。

このように、脂肪酸の代謝産物は細胞内のシグナル伝達系に作用してがん遺伝子やがん抑制遺伝子の働きに影響を及ぼします。そして一般的に、DHAEPAのようなω3系脂肪酸はがん細胞の増殖速度を遅くしたり転移を抑制し、腫瘍血管新生を阻害し、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことなどが多くのがん細胞で示されています。

例えば、米国健康財団のローズ博士らは、ヒト乳がん細胞をヌードマウスに移植した動物実験で、DHAは腫瘍血管の新生を阻害して増殖を抑制し、がん細胞の肺への転移を防ぐことを報告しています。プロスタグランジンE2は血管新生を促進するので、プロスタグランジンE2産生を阻害するDHAには腫瘍血管の新生を阻害するようです。

さらに、DHA/EPAを補充すると、進行がんの体重減少や食欲不振などの悪液質を改善する効果や、抗がん剤の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高めることが報告されています。

DHAEPAといったω3不飽和脂肪酸を多く摂取する食餌療法で、腫瘍が縮小したという症例も報告されています。

[注意点]

DHA/EPAを過剰に摂取すると血小板凝集を阻害して血液が固まりにくくなります。この作用は心筋梗塞脳梗塞を予防する効果と関連していますが、手術前や、抗がん剤治療によって血小板が減少する場合には注意が必要です。

進行がんの治療の目的では1日5g以上の摂取を試す場合もありますが、手術前や抗がん剤治療中は1日2gくらいまでに止めておくのが無難です。

食事で動物性脂肪の多い食品を多く食べると、せっかくDHA/EPAサプリメントで摂取しても抗腫瘍効果が減弱しますので、食事にも注意が必要です。

[服用法と費用]

DHA/EPA(300粒入り)は1日10粒でDHA810mg、EPA180mgの計990mgを摂取できます。1日10~20粒を服用するとDHA/EPAを合わせて1日1~2gになり、丁度良い摂取量になります。

300粒入り1個が3500円(税込み)です。1ヶ月分は1日10粒で3500円、1日20粒で7000円になります。

 

DHAEPAも魚介や魚油に含まれるω3(n-3)系不飽和脂肪酸で、高脂血症の標準治療としてもエパデール®やロトリガ®などがあります。作用機序とか動物実験とか症例報告も豊富そうですし、今度こそ大丈夫でしょう。DHA/EPAは一般的にも知れ渡っていますし、理想的な補完医療と言えます。

 

もし本当にDHA/EPA抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、きっと日本全国のがん診療医はこぞってがん患者を「高脂血症」と診断する日が来るはずです。

 

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抗がん剤治療とDHA/EPAの併用効果を検証する比較的質の高い臨床試験はコンスタントに報告があります。

 

カルボプラチン+ビノレルビン、あるいはカルボプラチン+ジェムシタビンを受ける46人の進行期非小細胞肺がん患者を、魚油(EPA 2.2g/日+DHA 250mg/日)を併用する群と併用しない群に振り分けて、化学療法の奏功率や生存率に有意差が出るか否かを検討した非ランダム化比較試験があります(Cancer. 2011; 117: 3774-3780.)。

 

魚油併用群と非併用群で、各々全奏功率は60.0% vs. 25.8%(P=0.008)、クリニカルベネフィット率は80.0% vs. 41.9%(P=0.02)、1年生存率は60.0% vs. 38.7%(P=0.15)であり、魚油群で奏効率、生存率とも改善が得られました。

 

パクリタキセルによる化学療法を受ける57人の乳がん患者を、ω3系脂肪酸(1920mg/日)を投与する群とプラセボを投与する群に振り分けて、rTNSによるパクリタキセル起因性末梢神経障害の頻度、重症度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(BMC Cancer. 2012; 12: 355.)。

 

末梢神経障害出現頻度は、ω3系脂肪酸群30.0%, プラセボ群59.3%(OR=0.3(95% CI; 0.10-0.88), P=0.029)、治療必要数は3であり、ω3系脂肪酸群で末梢神経障害の出現頻度の減少が見られました。

 

食道がん、あるいは胃がんの手術を受ける195人の患者を、術前後にω3系脂肪酸を豊富に含んだ経腸栄養を受ける群(IED; Oxepa®; EPA 0.51g/100mL, DHA 0.22g/100mL)、術前後に通常の経腸栄養を受ける群(SEN; Ensure Plus®)、術前には特別な経腸栄養を受けず、術後に経腸栄養を受ける群(Control; Osmolite®)に振り分けて、術後のアウトカムに差が出るか否かを検証したランダム化比較試験があります(Br J Surgery. 2012; 99: 346-355.)。

 

各々「IED群 vs. SEN群 vs. Control群」で、術後感染症(50% vs. 54% vs. 48%, P=0.81)、全合併症(65% vs. 59% vs. 58%, P=0.646)、死亡(3% vs. 3% vs. 3%, P=1.000)、入院期間中央値(18日(4-141日) vs. 16日(11-116日) vs. 16日(11-34日), P=0.701)であり、各群間に有意差は認めませんでした。

 

パクリタキセル+プラチナ製剤による化学療法を受ける92人の進行期の非小細胞肺がん患者を、EPAサプリメントを摂取する群としない群に振り分けて、各種アウトカムに有意差が出るか否かを検討したランダム化比較試験があります(Clin Nutrition 2014; 33: 1017-1023.)。

 

2サイクル終了後の体重はEPA群-0.33±3kg、非摂取群-2.2±3kg(P=0.01)、除脂肪体重はEPA群1.6±5kg、非摂取群-2.0±6kg(P=0.01)、EORT-QLQ-C30症状スケールによる倦怠感はEPA群-10.4±6、非摂取群-1.2±0.7(P=0.04), 食欲不振はEPA群-6.6±2、非摂取群-8.6±4(P=0.05)、末梢神経障害はEPA群1±0.4、非摂取群20.1±13(P=0.05)となり、体重や自覚症状はEPA群で好ましい成果が得られました。

 

しかし、全奏功率EPA群47.5%、非摂取群46.3%(P=0.92)、全生存期間中央値はEPA群14.9ヶ月、非摂取群12.1ヶ月(P=0.94)、無増悪生存中央値はEPA群7.6か月(95% CI, 6.3-8.9)、非摂取群6.3か月(95% CI, 5.1-7.4)であり、両群間に有意差を認めませんでした。

 

放射線療法、あるいは放射線化学療法を受ける85人の頭頚部がん患者を、シャゼンムラサキ油(15mL/日)を摂取する群と、ひまわり油(コントロール)を摂取する群に振り分けて、体重、筋力、QOL有意差が出るか否かを検討した二重盲検ランダム化比較試験があります(BMC Complement Altern Med. 2014; 14: 382.)。

 

結果は「シャゼンムラサキ油群 vs. コントロール群」で、体重減少率は-8.9% vs. -7.6%(P=0.303)、握力低下率は-0.86% vs. -0.78%(P>0.05)と有意差なく、QOLスコア(データ記載なし)でも有意な差は認められませんでした。

 

閉経後のホルモン受容体陽性乳がんに対する術後ホルモン療法として、アロマターゼ阻害薬を実施する209人の患者を、ω3系脂肪酸(3.3g/日)を投与する群とプラセボを投与する群に振り分けて、アロマターゼ阻害薬による筋骨格系疼痛の程度に有意差が出るか否かを検証した二重盲検ランダム化比較試験があります(J Clin Oncol. 2015; 33: 1910-1917.)。

 

12週時点で、ω3系脂肪酸群では開始前のBPI-SF疼痛スコアが7.08から5.34に有意に低下しましたが、プラセボ群でも6.92から5.43への有意な低下が見られ、両群間の有意差もありませんでした(P=0.58)。24週時点でも同様でした(4.83 vs. 5.07, P=0.34)。

 

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エンドポイントはそれぞれですが、ポジティブな試験とネガティブな試験が混在しています。「何某かのQOL改善効果がある可能性はあるが、抗がん剤の効果を高める(奏功率や生存期間を改善する)点に関しては分が悪い」といった感じでしょうか。コクランでも根拠不十分とされています。

 

ここで、ユトレヒト大学からの興味深い論文があるのでご紹介します。

 

魚油あるいは魚由来の16:4(n-3)脂肪酸(ヘキサデカテトラエン酸)には、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカンの抗がん作用を減弱する可能性があるというのです(JAMA Oncol. 2015; 1: 350-358.)。

 

致死的な消耗症候群を起こすC26担がんマウスを用いて、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカンと16:4(n-3)脂肪酸を併用すると、シスプラチン、オキサリプラチン、イリノテカン単独で見られていた腫瘍縮小効果が喪失される現象が確認されました。これは市販のサプリメントで推奨されている摂取量の1/3程度の用量でも誘導され、EPA投与時にも血中の16:4(n-3)脂肪酸濃度は上昇し、同様の現象が起こりました。

 

もちろんこれは動物実験レベルですから、人間における再現性まで担保しているわけではありません。しかし、抗がん剤の毒性を軽減する物質が存在すれば、その物質は当然のごとく主作用をも軽減してしまう可能性があるということを忘れてはいけません。

 

また、紹介文の中に超絶的に許しがたい部分があります。

 

食事で動物性脂肪の多い食品を多く食べると、せっかくDHA/EPAサプリメントで摂取しても抗腫瘍効果が減弱しますので、食事にも注意が必要です。

 

呪いの言葉です。QOLを改善させるとみせかけてQOLを損なう呪いのアドバイスです。効果が得られなかった際に「あなたの食生活の乱れのせいでは?」と責任を転嫁するための伏線でもあります。脆弱な根拠を盾に食事制限を指示するのは止めてください。

 

好きなものを我慢しながらDHA/EPAを摂るよりも、好きなものはがんがん食べた方が間違いなくQOLは改善すると思います。食事制限を必要とする補完医療なんてこの世から消え失せてください。本末転倒も甚だしいです。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「高脂血症」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。