yocinovのオルタナティブ探訪

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「某有名自由診療クリニックが紹介する『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証する③ 〜ビタミンD3〜」

 

某有名自由診療クリニックが奨める『抗がん剤治療の効果を高める補完療法』を検証するシリーズ。第1回はメトホルミン、第2回はアセチル-L-カルニチンを検証しました。結論は何れも「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」でした。

 

第3回はビタミンD3です。

 

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最初に、そのクリニックがビタミンD3を紹介している文章を引用しておきます。

 

ビタミンD複数のメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞の分化や死(アポトーシス)を誘導します。ビタミンD3の血中濃度が高い人はがんによる死亡率が低いことが複数の疫学研究で報告されています。

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【ビタミンD3はがん患者の生存期間を延長する】

 ビタミンDは骨代謝や血中のカルシウム調節に重要な役割を果たしています。しかし、ビタミンDの働きは、骨とカルシウムの調節だけではなく、種々の細胞の増殖や分化やアポトーシスの制御や免疫調節作用など、多くの生体内機能に関わっていることが明らかになっています。

 多くのがん細胞においてビタミンD受容体が発現しており、ビタミンDががん細胞の増殖を抑制し分化を誘導する作用を持つことが多くの研究で証明され、がんの治療におけるビタミンDの有用性に注目が集まっています。

 「ビタミンD3の血清濃度が高い人は循環器疾患やがんの死亡率が低く、全死因死亡率も減少する」ことを示すメタ解析の結果が複数の研究グループから報告されています。いずれも、ビタミンD3の血中濃度が高い方が死亡率が低下することが明らかになっています。

 がんサバイバーを対象にした研究では、 乳がん、大腸がん、前立腺がん、肺がん、血液がん(非ホジキンリンパ腫やT細胞リンパ腫や慢性リンパ性白血病など)、胃がんなど多くのがんで、血中の25-OHビタミンD濃度が低いほど生存期間が短いことが明らかになっています。

ビタミンD3は血管新生阻害作用、がん細胞の増殖抑制、転移抑制作用など多くの抗腫瘍効果を有しています。 したがって、ビタミンDの濃度が高いほど死亡率が低いのは、ビタミンDががん細胞の増殖や進行を抑えるためだと考えられています。

 

ビタミンD3はカルシウム代謝の恒常性維持に関連したビタミンですが、その欠乏はくる病や骨軟化症、骨粗鬆症など骨の疾患に留まらず、糖尿病、高血圧、心血管疾患、アルツハイマーうつ病、インフルエンザ、更には勃起障害にまでも関連が示唆されています。まさに猫も杓子も状態です。

 

当然のように、ビタミンD3欠乏ががん罹患率やがん死亡率の悪化と関連しているとする報告が複数あります。

 

しかしコクランによると、14報のランダム化比較試験、49,891人を対象としたメタ解析では、ビタミンD3サプリメントによる発がん抑制効果は確認されていません(RR=-1.00(95% CI; 0.94-1.06), P=0.88, I²=0%)。がん死亡率の低下効果(RR=0.88 (95% CI; 0.78-0.98), P=0.02, I²=0%)は多重検定によるタイプ1エラーの結果だとし、「推奨の医学的根拠なし」と結論しています。

 

もし本当にビタミンD3が抗がん剤治療の効果を安全に高めることができるのであれば、きっと日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「骨粗鬆症」と診断することになるはずです。

 

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ビタミンD3欠乏(診断時の血液中濃度の低下)が、がんの予後不良と相関していることを示した報告は数多く存在します。全てのがん腫を網羅するのは困難なので、今回はリンパ系腫瘍とビタミンD3に絞って検討させていただきます。ほかのがん腫においても状況に大きな相違はないと思いますが。

 

メイヨ―クリニックとアイオワ大学が共同して実施した前方視的観察研究(J Clin Oncol. 2010; 28: 4191-4198.)によると、診断時にビタミンD3濃度が低値であったびまん性大細胞リンパ腫(DLBCL)とT細胞性リンパ腫(TCL)は、正常であった群に比較して全生存率(DLBCL: HR=1.99(95% CI; 1.27-3.13); TCL: HR=2.38(95% CI; 1.04-5.41))、無イベント生存率(DLBCL: HR=1.41(95% CI; 0.98-2.04); TCL: HR=1.94(95% CI; 1.04-3.61))共に劣る結果となりました。

 

同グループは慢性リンパ性白血病においても診断時のビタミンD3欠乏が全生存率の予後不良因子(HR=2.39(95% CI; 1.21-4.70))になることも報告しています(Blood 2011; 11: 1492-1498.)。

 

米国SWOGとフランスLYSAからは、濾胞性リンパ腫においても診断時のビタミンD3欠乏は全生存率(SWOG:HR 3.57, P=0.003; LYSA:HR 1.84, P=0.14)、無増悪生存率(SWOG:HR 2.00, P=0.011; LYSA:HR 1.66, P=0.013)のリスク因子となる可能性が報告されています(J Clin Oncol. 2015; 33: 1482-1490.)。

 

エジプトや中国からもリンパ系腫瘍において同様の報告があります(Hematology. 2013; 18: 20-25., J Clin Endocrinol Metab. 2014; 99: 2327-2336.)。

 

更に、ビタミンD欠乏がリツキシマブの抗がん作用を減弱することを想定させる報告があります(J Clin Oncol. 2014; 32: 3242-3248.)。

 

びまん性大細胞型リンパ腫の標準治療がCHOP療法であった時代、「ビタミンD正常群 vs. ビタミンD欠乏群」で、3年無イベント生存率は48% vs. 43%(HR 1.2, P=0.388)、3年無増悪生存率は53% vs. 46%(HR=1.4, P=0.172)、3年全生存率は69% vs. 53%(HR=1.8, P=0.025)であったのに対し、R-CHOP療法が標準治療となってからは、3年無イベント生存率は79% vs. 59%(HR 2.1, P=0.008)、3年無増悪生存率は81% vs. 64%(HR=1.8, P=0.047)、3年全生存率は81% vs. 64%(HR=1.9, P=0.04)であり、CHOP時代よりもR-CHOP時代の方が、ビタミンD3欠乏の予後へのインパクトが大きくなっていることが分かりました。

 

しかし、ビタミンD3を化学療法に併用した方が奏功率や生存期間が改善したという医学的根拠はまだありません。

 

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「診断時のビタミンD3欠乏がリンパ系腫瘍の予後不良と相関がある」という現象、そして「ビタミンD3欠乏患者ではリツキシマブの抗がん作用が弱まる」という仮説はあって良いと思います。しかし、ビタミンD3を補充すればその負のインパクトを帳消しにしてくれるか否かは全くの別問題です。

 

仮にビタミンD3欠乏ががんの予後不良因子であることが確かであったとしても、それが「原因(の一つ)」であるか「結果(の一つ)」であるかまでは分かりません。

 

「原因」であればビタミンD3を補充することによりメリットが得られる可能性があります。しかし、そもそものビタミンD3サプリメントによる発がん抑制効果は確認できていないわけですから、少なくとも主要因であるとは考えられません。

 

一方、「結果」、例えばがん細胞がビタミンD3を優先的、選択的に消費した結果としての欠乏であるとすれば、日夜せっせと燃料を投下する行為になりかねません。

 

「餌が不足しとるんじゃ、もっとよこせや!」と貪欲かつ執拗にねだってくる肥えすぎた可愛らしい猫に、もっと餌を与えれば、さらに可愛くなることはないでしょうが、さらに肥えることは自明です。それなのに、したり顔でがん細胞にはビタミンD受容体が云々、と尤もらしい説明を受けた途端に、こうしたリスクを失念して「そりゃ欠乏しているなら補充した方が良いに決まってるよね」と考えてしまいがちです。

 

「がんでは○○が欠乏しているから補充したほうが良い」系の文言にはスペシャルなアテンションをプリーズです。恒常性の維持に支障が出るレベルのビタミンD3欠乏があるならいざ知らず、盲目的な補充は支持できません。

 

次のようなカウンター情報もご紹介しておきます。

 

南カリフォルニア大学で、ステロイドとビタミンD3の併用による抗がん作用の増強を証明するための試験管レベルの研究が行われました。デキサメサゾン感受性急性リンパ性白血病細胞株(RS4;11, SupB)をデキサメサゾン単独下と、デキサメサゾン+ビタミンD3併用下で72時間培養したところ、予想に反してビタミンD3併用下では抗がん作用が減弱してしまったというのです(Leuk Res. 2012; 36: 591–593.)。

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もちろんこれは試験管レベルの研究ですから、人間における再現性まで担保しているわけではありません。しかし、机上の理論と実際の現象とには乖離が起こり得るということを忘れてはいけません。

 

日本全国のがん診療医がこぞってがん患者を「骨粗鬆症」と診断することになる日はまだまだ遠いようです。

 

もちろん、最終的には個々人でご判断していただくしかないのですが、現時点での私の結論は「自分の患者に奨めることはないし、自分で服用することもない」です。