yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか?」

 

造血幹細胞移植は、主に難治性の造血器疾患を対象とした根治的治療です。そのドナー第一候補となるのは、ヒト白血球抗原(HLA)が一致した同胞です。しかし、完結出生児数が今や2にも満たなくなった日本においてはその存在確率は30%未満と推定され、実行率ともなると更に低くなると見積もられます。そのため、HLA一致同胞がいない場合には、代替ドナーを求めることになります。代替ドナーには、HLA不一致血縁者(主に同胞や親子)、非血縁ボランティア、非血縁さい帯血があり、後二者の斡旋事業は公的バンクとして日本骨髄バンク(JMDP)日本赤十字社(前身は日本さい帯血バンクネットワーク;JCBBN)が担っています。

 

公的バンクであるJMDPとJCBBNの理念は「移植を必要とするあらゆる患者に、公平かつ適正に移植医療を提供する」ことであり、それを実現するための必要条件は「十分数の登録ドナーが確保された状態を普遍的に維持する」ことにあります。

 

一方、自分の子供たちが将来、造血幹細胞移植を必要とするような病気を発症するリスクに備えて、子供たちのさい帯血を私的に保存しておくことを目的とした私的さい帯血バンクが存在します。

 

もし私的さい帯血バンクが隆盛するようなことがあれば、公的さい帯血バンクは十分数のさい帯血を確保できなくなり、その理念を実現することが難しくなります。公的バンクにとって私的さい帯血バンクは実質的な競合相手であり、歴史的にも私的さい帯血バンク批判が繰り返されてきました。

 

世界初のさい帯血移植例(N Engl J Med. 1989; 321: 1174-1178.)は『ファンコニ貧血の息子を持った母親が、妹を出産する際に、従来ならば破棄されていたはずのさい帯血を保存し、それを移植して息子の病気が克服された』という症例です。さい帯血移植が始まった理由は、紛れもなく「私的」なものでした。

 

しかし、次の子供を身ごもれない、身ごもったけれどもHLAが一致しない、HLAは一致したが十分な質ではなかった、次子も同じ疾患だった、という状況も当然あり得ます。そんな状況で「あなたのお子さんはさい帯血移植を受けることはできません。諦めてください」とは言いたくないわけです。それならば、どの子も公平にさい帯血移植を受けられる受け皿を作ろうではないか、という趣意で発足したのが公的さい帯血バンクです。

 

しかし骨髄にせよ、さい帯血にせよ、見知らぬ第三者に対する造血幹細胞の提供には、否が応にも相互扶助や利他主義の精神が求められてしまいます。そんな空気をまとった公的バンクが存在すると、私的理由で移植を希望する人たちは何だが肩身の狭い感じになってしまいます。だからと言って「私的な理由でさい帯血を保存したい」という思いまで否定してしまうのは著しくナンセンスです。

 

「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか、もしあるとすればどのような人たちにとってか?」、そういった疑問を医学的な見地から明らかにしていくことは、多少なりとも意味のあることだと思います。先日私的さい帯血バンクに関する質問を受ける機会があったものですから、現時点での見解をまとめておこうと思い立った次第です。

 

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最初に、参考としてさい帯血移植とさい帯血バンクの歴史を簡単に記載しておきます。

 

・1988年 仏で世界初の血縁者間さい帯血移植

・1994年 東海大学で日本初の血縁者間さい帯血移植

・1995年 わが国で最初の神奈川さい帯血バンク設立

・1997年 横浜市大病院でさい帯血バンクを介した最初の非血縁者間さい帯血移植

・1998年 つくばブレーンズ設立

・1999年8月 JCBBN発足で公的さい帯血バンク事業開始

・1998年8月 ステムセル研究所設立

・2004年2月 アイルが参入

・2006年8月 シービーシー設立

・2012年9月 「移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律」成立

・2014年3月 JCBBN業務が終了し、さい帯血供給事業を支援機関(日本赤十字社)が引き継ぐ

 

私的さい帯血バンクに関しては、歴史的にも公的バンク、日本造血細胞移植学会(JSHCT)、日本産婦人科医会、あるいは政治の場においてしばしば議論に挙がっています。詳細な記載は割愛しますが、関連記事をいくつか挙げておきます。

 

・JSHCT『声明文』(2002/8/19)

・JCBBN『臍帯血の私的保存に関する警告文(参照)』(2002/8/23)

厚労省厚生科学審議会疾病対策部会造血幹細胞移植委員会『臍帯血移植の安全性の確保について(健臓発8026001号)』(2002/8/26)

・日本産婦人科医会『会報』(2002/11)

・JSHCT個人会員 『私的さい帯血バンクについての公開質問状(参照)』(2009/1/24)

 *関連JSHCT『回答』(2009/2/6)  

・JCBBN『さい帯血の私的保存に対する日本さい帯血バンクネットワークの見解(参照)』(2009/10/1)

・長妻厚生労働大臣閣議後記者会見』(2009/12/22)

・日本産婦人科医会『要望書』(2010/2) 

・阿部智子衆議院議員私的さい帯血バンクの実態に関する質問主意書』(2012/7/9)

*関連:政府答弁再質問主意書更なる政府答弁

  

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私的さい帯血バンクが議論の対象になるのは、専門家たちによって幾つかの問題を抱えていると考えられているからです。今回はこれらの問題点を今一度整理することにより、預けるに値するのか否か、預けるに値するのであればどのような場合か、を考察していきたいと思います。

 

 ①適格性、安全性の技術的問題

私的さい帯血バンクで採取されたさい帯血が、細胞数や衛生面などの点で品質が担保されているのであろうか、という不安を拭うことはできません。次のような臨床研究があります。

 

Transfusion. 2010; 5: 1980-1987.

私的バンクに貯蔵されたさい帯血(184例)と公的バンクで貯蔵されたさい帯血(22,624例)の品質を比較した。結果はすべて「私的バンク vs. 公的バンク(P値)」で、さい帯血用量「60mL(5-180mL) vs. 89mL(40-304mL), P<0.0001」、総有核細胞数「4.7×108(0.3-33.8×108) vs. 10.8×108(2.1-58.4×108), P<0.0001」、CD34陽性細胞数「1.8×106(0-19.1×106) vs. 3.0××106(0.01-112.2×106), P<0.0001」、細菌汚染率「7.6% vs. 0.5%」であった。

Transfusion. 2012; 52: 2234-2242.

私的バンクに貯蔵されたさい帯血20例を解析した。さい帯血用量は19.9-170mL、総有核細胞数は0.76-33.4×108であった。適格量を超えていたものは11%のみであった。

 

いずれの研究も「仮に自己さい帯血移植の有用性が証明されたとしても、私的バンクには課題が多い」と結んでいます。

 

一方で、私的さい帯血バンクの側が安全性を向上させるための企業努力をしていることも確認することができます。ステムセル研究所は、2011年4月10日にUKAS(英国認証機関認定審議会)によってISO9001の国際品質認定を取得しています。また、アイルは2015年10月13日、ステムセル研究所は2016年2月5日にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の施設適合性立入り調査を通じて、厚生労働省から特定細胞加工物製造許可を所得しています。

 

実効性の問題

さい帯血を保存したまでは良いものの、それを使用することになる可能性はどの程度あるのでしょうか。文献的には、出生児が20歳までに造血幹細胞移植を必要とする確率は2,500人に1人〜20万人に1人(BBMT. 2008; 14: 356-363.)と推測されています。

 

万が一、造血幹細胞を必要とする事態になってしまった場合はどうでしょうか。もし適応があったとしても、私的に保存されたさい帯血を用いた移植を引き受けてくれる医療機関と主治医を見つけることができるのか、見つかっても倫理委員会の承認が得られるのか、というそもそもの障壁があります。「私的さい帯血バンクのさい帯血は使用してはならない」という学会規約や不文律がある訳ではないと思いますが、私見では保存の段階から主治医も含めた計画的なものでないと難しいと思います。

 

自己さい帯血がない、あるいは使用できない場合に、標準的な方法、つまりは血縁者間や公的バンクを介した造血幹細胞移植を受けられる可能性はどの程度でしょうか。HLA一致同胞がいる確率は推定で25-30%と言われています。またJMDPの資料によれば、近年のHLA検索適合率(HLA一致のドナーがいる)は95%前後、実際にドナー候補が見つかる確率(実行率ではない)は80%前後で推移しています。一方、適格なさい帯血が見つかる確率はどうでしょうか。2000年の北海道さい帯血バンクの調査によれば58.8%とされています(日本輸血学会雑誌. 2000; 46: 23-25.)。それから15年経過していることを考慮し、公的さい帯血バンク全体に拡大して解釈すれば更に高い確率と予想されます。自己さい帯血がなくても、血縁、非血縁ボランティア、非血縁さい帯血の何れかを用いて造血幹細胞移植を受けられる可能性は高そうです。

 

有効性の問題

私的さい帯血バンクでは、自己さい帯血では移植後の拒絶や移植片対宿主病(GVHD)のリスクがないことを利点としています。GVHDとは、移植した側の免疫担当細胞が、自己と非自己を見分けることにより、宿主側を攻撃する反応です。後天的な同種抗原への暴露、例えば妊娠や輸血などにより、免疫応答に影響が出る可能性が残りますが、自己移植においては理論上、拒絶やGVHDは起こらないと考えられます(BMT. 2014; 49: 1349-1351.)。

 

一方で、自分のさい帯血を移植することによるデメリットはないのでしょうか。通常の同種移植では、GVHDが起こると原病の再発率が低下することが知られています。これを一般的にGVL(graft-versus-leukemia/lymphoma)効果、GVT(graft-versus-tumor)効果などと呼びますが、自己さい帯血ではGVHDのリスクが少なくなる分、再発率が高くなることが懸念されます。また、造血器疾患は自分の造血幹細胞から発症するわけですから、さい帯血中にすでに前がん状態の細胞が存在している危険性も危惧されます。

 

多発性骨髄腫、悪性リンパ腫、その他固形癌(神経芽腫や胚細胞腫瘍)などの、自己移植の有効性が確立している疾患においても、出生後に自己の骨髄や末梢血幹細胞を採取することは多くの場合で可能です。

 

机上の話はここまでにして、実際に自己さい帯血を使用した症例はどの程度あるのでしょうか。自己さい帯血移植の症例報告や症例シリーズは散見される程度で、まとまった報告はありません(BMT. 1998; 21: 957-959.BMT. 1999; 24; 1041.BBMT. 2004; 10: 741-742.Pediatrics. 2007; 119: e296-e300.Pediatr Blood Cancer. 2011; 56: 1009-1012.Pediatr Transplant. 2013; 17: E104-107.Transfus Apher Sci. 2014. doi: 10.1016/j.transci.2014.12.021. )。

 

症例数が少ないため、その有効性に関してコメントのしようがありませんが、「自己さい帯血でないと罷りならん」「自己さい帯血の方がベター」と言えるだけの根拠は希薄であると考えます。

 

一方、血縁者間さい帯血移植に関しては比較的大規模な報告があります。

 

Haematologica. 2011; 96: 1700-1707.

欧州全体では1988年から2010年の間に596例の血縁者間さい帯血移植が実施されている。顆粒球生着22日、急性GVHD 12%、慢性GVHD 13%、4年生存率は腫瘍性造血器疾患で56%、非腫瘍性造血器疾患で91%であった。比較試験ではないものの、標準的移植と比べてGVHDは少なく生存は同等であると推測された。

 

しかし、対象の3分の1以上はファンコニ貧血、サラセミア、鎌状赤血球症など日本では稀な先天性造血器疾患であり、そのまま日本の事情に重ね合わせるのは少々無理があるかもしれません。その需要はもう少し過小評価する必要があると思います。但し、兄弟姉妹が移植を必要とする疾患に罹患している場合に、次子のさい帯血を移植する方法には一定のニーズがある状況は垣間見られます。また、再発時に同じ同胞ドナーからリンパ球輸注や再移植ができるかもしれない、という公的バンクを介したさい帯血移植ではありえないメリットもあります。

 

しかし、次子の出産を待てない、HLAが一致しない、採取しても品質に問題があり使用できない、次の児も同疾患に罹患している、患児が再発しなかった、などの諸々の理由で実行率は2.1%~16%程度にとどまるとも記載されています。

 

日本国内の移植実績はどうでしょうか。ある私的さい帯血バンクのHP内「移植例」には、2016年11月現在9件の移植実績があると記載があります。その各症例の詳細は不明ですが、2例の具体例を挙げています。1例は「2009年4月米国デューク大学病院で、日本人男児の脳神経障害」に対して、もう1例は「2008年3月に神戸市立医療センター中央市民病院小児科で、女児の白血病」に対して「妹さんのさい帯血」を移植した症例です。

 

後者は2009年2月に札幌で開催された第31回日本造血細胞移植学会総会の抄録で概要を知ることができます。筆頭演者は、同胞を含めた個人を指定したさい帯血の保存を公的さい帯血バンクが認めていない現状を指摘し、特殊な症例においては私的さい帯血バンクも選択肢に挙がると結んでいます。

 

2002年のJSHCT声明文の中でも「すでに家族内に血液難病の患者が存在する場合などを除き」の一文が見られます。また、カナダ産科婦人科学会ガイドライン(2005年)、米国小児科学会(2007年)、米国血液骨髄移植学会(2008年)の基本方針表明の中でも「現在進行形で造血幹細胞移植を必要としている患者の家族として新生児が誕生する際には、私的使用目的でのさい帯血保存は推奨される」といった主旨の記載が見られます(JOGC. 2005; 156: 263-274.Pediatrics. 2007; 119: 165-170.BBMT. 2008; 14: 364.)。

 

倫理的問題

もし私的さい帯血バンクが主流になった場合、公的さい帯血バンクにさい帯血が集まらなくなり、その弱体化を招きます。それは、私的さい帯血バンクを利用できる社会層の人たちだけがさい帯血移植を受けることができる、という社会へつながる危険性を孕んでいます。正しく公平性の破綻と医療格差の問題です。全世界的には、私的バンクの規模はすでに公的バンクのそれを凌駕していると考えられています(Stem Cell Rev. 2010; 6: 8-14.)。日本においても、2015年3月7日現在、公的さい帯血バンクが公表している臍帯血数が11,522ユニットであるのに対して、某私的さい帯血バンクが公表している臍帯血数は33,882ユニットです。

 

医学的には、私的さい帯血保存のメリットは決して大きなものとは言えません。しかし、実社会においてはその規模は急速に拡大しています。その背景には何があるのでしょうか。

 

カナダの医療施設が443人の妊婦に行ったさい帯血保存に関するアンケートがあります(CMAJ. 2003; 168: 695-698.)。さい帯血を保存すると仮定した場合、公的バンクを希望する割合が86%、私的バンクを希望する割合が14%であり、私的バンクを希望する理由としては、子どもへの保険・投資(90%)、もし必要になった場合に保存していなかったことに対する罪悪感(62%)、安全性(49%)、移植以外(研究など)に使用されることへの懸念(21%)などだった。

 

ここで想起されるのはパターナリズムの問題です。わが子の将来の健康を心配する親の心理は、「最初で最後のチャンスかも」「後悔するかも」といった巧みな文言によって誘導されやすい状態にあると言えます。医療者がさい帯血保存の情報を提供する際には、私心の入らない細心の配慮が必要なのです。

 

法律的問題

さい帯血の品質に問題が判明した場合の損害賠償、自己さい帯血を使用した移植例において医療訴訟が起きた場合の責任の所在、子供が成人した場合のさい帯血の所有権、独善的な理由でさい帯血移植を行う場合にも医療保険で賄うのか、私的さい帯血バンクが経営破綻した場合の保障、などの様々な問題が生じる可能性が想定されています。

 

実際に、2009年10月16日には私的さい帯血バンクの先駆けでもある、つくばブレーンズが破産するという事件が起きています。破産時にはID番号の記載がない、関連書類の不備などにより所有者が特定できないさい帯血が1,000ユニット以上存在することが明らかとなり、その杜撰な管理体制が社会問題となりました。その辺りの経緯は茨城県議会議員井出よしひろの公式ホームページこちらのブログに詳しい記載があります。

 

因みに、イタリアやフランスでは私的なさい帯血保存は法律で禁止されているようです(BBMT. 2008; 14: 356-363.)。

 

営利性の問題

米国医学研究所は、私的さい帯血バンクでは、さい帯血1ユニットにつき、採取・調整に$1,993〜2,195、保存に年間$125が必要と試算しています(Haematologica. 2011; 96: 1700-1707.)。

 

日本ではどうでしょうか。ある私的さい帯血バンクのHPでは、さい帯血1ユニットにつき「初回の分離費用140,000円、10年間の保管費用70,000円、以後は更新制」となっています。公的さい帯血バンクにおける、さい帯血の採取・調整・保存にかかる実費が分からないので、どれだけの上乗せをしているかは不明ですが、希望すれば誰でもというわけにはいかない値段と思います。

 

しかし、企業が営利を求めるのは当然です。社会全体の利益を考えた場合はどうでしょうか。費用対効果を試算した研究があります(Obstet Gynecol. 2009; 114: 848-855.)。現在の費用のままと仮定した場合、保存さい帯血110ユニットに対して1ユニット以上の使用頻度がある、あるいは現在の使用頻度のままと仮定した場合、さい帯血1ユニットあたりの経費が$262未満でないと、費用対効果はポジティブにならないとしています。

 

プロモーション方法の問題

私的さい帯血バンクでは、脳性麻痺、Ⅰ型糖尿病、外傷などの疾患における再生医療において、重要な役割を果たす期待性を宣伝しています。しかし、未だ臨床試験の域を出ていない状況であり、誇大広告・不当表示に相当するのではないか、との指摘があります。また、臨床試験が進行中ではあるものの、これらの疾患の罹患率や、これらの疾患に対する医療の進歩を見込めば、需要が爆発的に拡大するとは予想しにくいと思います。

 

iPS細胞を中心とした再生医療への期待感が大きいのは事実です。さい帯血をiPS研究に利用することを厚労省が容認したのも記憶に新しいところです。しかし、自分のさい帯血まで途端に多能性幹細胞に変身できると考えるのは早合点です。個人的な臨床経験の範囲ではありますが、さい帯血移植を受けた患者さんが若返ったとか、併存する持病まで一緒に良くなったなどの経験はありません。

 

また細胞数が少なくても「将来、培養して細胞数を増やせる」ことを確約したかのような説明が成されていることもあります。確かに、採取した細胞を増殖させる方法が研究段階にあるのは事実だと思いますが、これも現時点で確立している、あるいは将来的にほぼ確立が保証されている技術とは言えないと思います。

 

また、私的さい帯血バンクとやり取り経験のある方のブログに、担当者が契約者に出したとされるメールの転載を読むことができます。このメール自体の信憑性も不明ではありますが、「最低4本以上のカプセルに分け保管」し「複数回御利用できる」といった内容には事実確認が必要であると感じます。

 

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近年、標準的な移植方法とさい帯血移植の同等性(時には優越性)が証明されつつあり、また成人へのさい帯血移植が普及し、体格の大きい患者への複数さい帯血移植(複数ユニットのさい帯血を移植する方法)が台頭の兆しを見せています。更にさい帯血の再生医療研究への利用や、婚姻の国際化によるHLAの多様化もあり、さい帯血の需要は今後も増え続けると予想されます。また予期せぬ大規模な臨界事故などで、急遽まとまった数のさい帯血が必要になる局面もあるかもしれません。

 

拡大するであろうさい帯血需要に備えるための方法は二つあります。一つ目は「公的さい帯血バンクの充足」、二つ目は「国民皆さい帯血保存」です。どちらが現実的かつ効率的であるかは歴然としていると思います。

 

私的さい帯血バンクに医学的需要があるのは事実でもあり、その存在意義を否定することはできません。重要なのは、将来的に増大するであろうさい帯血需要に備えて、公的さい帯血バンクの健全な機能を維持しつつ、私的リクエストにも応じられる体制づくりです。

 

欧米や中国では、”Public + private combination bank”や”Donatable family bank”といったハイブリッドバンクが登場しているそうです(Nat biotechnol. 2014; 32: 318-319.)。前者は、公的さい帯血バンクが「家族間」使用目的のみ私的バンクとして扱うモデルであり、後者は私的さい帯血バンクとして保存するが、家族が希望すれば公的バンクに移管することができるモデルです。個人的には、その主旨には大いに賛同できます。

 

そして「私的さい帯血バンクには預ける価値があるのか、もしあるとすればどのような人たちにとってか?」の問いに結論をつけておきます。すでに専門家たちが散々言ってきたことと同じなのですが「私的さい帯血バンクには限定的な価値がある、それは出産時に造血幹細胞移植を必要とする家族がいる人たちにとって」です。その際にも、くれぐれも主治医とよく相談して計画的に行動してください。

 

但し、これは現時点での見解であり、技術的な進歩や臨床試験での新知見などのブレイクスルーが起これば、将来的には変更しなければならない可能性はあります。

 

この記事が何かの役に立つのか否かは分かりませんが、さい帯血保存のことでお悩み中の方の一助にでもなれば幸いです。

 

*その他の参照記事

2010年03月06日Newsweek日本語版「へその緒は「詐欺」のビジネス?」

2012年9月 1日月刊集中「臍帯血バンクの窮状に乗じた造血幹細胞法案の行方」

2013年12月27日「移植に用いる臍帯血の品質の確保のための基準に関する省令」

 

*追記(2016/11/7)

ある私的さい帯血バンクより、「私的さい帯血バンクの存在意義を議論する上で、個々の企業名や個人名の記載は必要ないのではないか」「安全性や宣伝方法の記載に事実に反した部分がある」といった主旨のご指摘がありました。私自身もこのご指摘に同意し、文章の一部を編集させていただきました。