yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「フコイダンはがん診療に使えるか?」

 

日々の検索行為の賜物なのでしょうが、私のwebブラウザは統合医療自由診療系のインターネット広告で満ち溢れています。その中で頻度の高いものの1つに「フコイダン」があります。昆布やワカメやモズクといった海藻類に由来する天然化合物です。患者さんからフコイダンに対する意見を求められたことも1度や2度ではすみません。私のはてなブログページにも頻出するので少々困惑しています。

 

フコイダンの守備範囲の広さはイチロー級、という専らの触れこみです。そこに「がん」が含まれていることは言うまでもありません。何を隠そう「ハゲしいな!桜井くん」世代の私にも根深い海藻信仰がありまして、口に入れる度に「元気な髪の毛生えてこい!」などと条件反射的に期待してしまうのです。だからと言ってがん患者さんに対して、無条件にフコイダン推しをすることは医師としての矜持が許しません。

 

フコイダンの抗がん作用にお墨付きを与え、その界隈において「第一人者」と呼ばれている研究者たちがいます。代表的な方々を挙げてみます。

九州大学大学院細胞制御工学教室教授 白畑實隆

・札幌医薬研究所所長、元札幌医科大学附属臨海医学研究所副所長 高橋延昭

琉球大学農学部糖鎖科学研究室教授 田幸正邦

・ハイドロックス株式会社主席開発責任者、元ボストン大学医学部客員教授 大石一二三

・九段クリニック理事長、トーマス・ジェファーソン大学客員教授、国際個別化医療学会理事長 阿部博幸

 

これらの「第一人者」たちは、web上では雄弁にフコイダンの抗がん作用を語っています。しかし肝心の根拠といったら、良くて学会発表、ほとんどが持論といった惨状で、耳目に値するものにはなかなか出会うことができません。

 

そんな中で、白畑實隆教授が精力的に英語の論文(全4報)を執筆しています。確認してみます(結果の羅列で大変に読みづらいです(-_-;)。いずれもフリーダウンロード可能です)。

 

 

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Enzyme-digested fucoidan extracts derived from seaweed Mozuku of Cladosiphon novae-caledoniae kylin inhibit invasion and angiogenesis of tumor cells. Cytotechnology. 2005; 47: 117-126.

 

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Fucoidan Extract Induces Apoptosis in MCF-7 Cells via a Mechanism Involving the ROS-Dependent JNK Activation and Mitochondria-Mediated Pathways. PLoS One. 2011; 6: e27441.

 

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Induction of apoptosis by low-molecular-weight fucoidan through calcium- and caspase-dependent mitochondrial pathways in MDA-MB-231 breast cancer cells. Biosci Biotechnol Biochem. 2013; 77: 235-242.

 

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Fucoidan extract enhances the anti-cancer activity of chemotherapeutic agents in MDA-MB-231 and MCF-7 breast cancer cells. Mar Drugs. 2013; 11: 81-98.

 

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正直に申し上げてこの手の基礎研究には疎いのですが、ある物質にがん細胞を死滅させるポテンシャルがあることを示す試験管研究としてはオーソドックスなものだと思います。そして、そのメカニズムを明らかにする作業は、基礎医学においては重要な工程であり、一定の評価が与えられる仕事だとは思います。

 

しかし、白畑論文を読んだ感想は、「フコイダンが滅菌シャーレ内では乳がん細胞を減らしめることは良く分かりました。で?」くらいのものです。2005年に明らかにした試験管での抗がん作用が、2013年になっても依然としてその枠を出ていません。代わり映えのしない実験を繰り返して、業績リストを潤すことで悦に入っているように見えてしまうだけで、10年近く何ら進歩していないのが実情です。

 

通常、抗がん剤として有望な物質は、試験管から動物、動物から人間へと試験対象を移していきます。人間のステージまで進んだとしても、第一相臨床試験に始まり、第三相臨床試験までをクリアしなければ、原則としては承認申請も販売もされることはありません。ハードルは途轍もなく高いのです。

 

しかし、「第一人者」たちは例外なく、洋々たるはずのフコイダンを医薬品への道に進ませることなく、健康食品として販売促進する道を選びました。皮肉にも、その選択こそが「第一人者」たちがフコイダンを医薬品候補として見限っている証左に他ならないのです。ひと度そちら側に足を踏み入れてしまった以上、「第一人者」たちにとっては代替医療のままでいる方が便宜を得ることができます。今後も、壊れたテープレコーダーのように繰り返し学会発表と試験管研究だけを喧伝し続けることでしょう。

 

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「第一人者」たちに任せていたら、フコイダンが標準医療に取り込まれる日は未来永劫やってきません。世の中にはステージを進んでいるフコイダン研究はあるのでしょうか?古くは1993年からマウスを中心とした動物実験において、フコイダンが抗がん作用を示した報告が散見されます。

PLoS One. 2014; 9: e106071., Oncotarget. 2014; 5: 7870-7885., Evid Based Complement Alternat Med. 2013; 2013: 692549. , Carcinogenesis 2013, 34, 874–884., Nutr. Cancer 2013, 65, 460–468., Mar. Drugs 2012, 10, 2337–2348., PLoS One 2012, 7, e43483., Int. J. Oncol. 2012, 40, 251–260., Bull. Exp. Biol. Med. 2007, 143, 730–732., Planta Med. 2006, 72, 1415–1417., In Vivo. 2003; 17: 245-249., Bioscience, Biotechnology and Biochemistry. 1995; 59: 563-567., Anticancer Research. 1993; 13: 2045–2052.

 

がん患者さんを対象とした臨床試験はどうでしょうか。PubMedでは鳥取大学医学部からの1報しか見つけることができませんでした(Oncol Lett. 2011; 2 : 319-322. )。

 

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二重盲検ではない(プラセボ群との比較でない)、mFOLFOX6あるいはFOLFIRIを受ける患者で各々フコイダンがランダム化されているわけではない、生存の「改善傾向」の表現に無理がある(P=0.314)、対象人数が少な過ぎる、にも関わらず95%信頼区間の記載がない、選択バイアスが否定できない、などの問題があり、残念ながらエビデンスの質としては高いとは言えません。

 

では、がん患者さんを対象とした現在進行形の臨床試験はあるのでしょうか。米国の臨床試験登録システム(ClinicalTrials.gov)の検索では見つけることができませんでした。一方、日本の臨床試験登録システム(UMIN Clinical Trials Registry)の検索では2つの研究が見つかりました。鳥取大の研究といい、フコイダン研究は日本が先進的であることが示唆されます。

 

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何れも単群の介入試験で、主要評価項目も奏効率や生存率ではなく、サロゲートマーカーの推移、安全性、QOL評価にとどまっており、仮に完遂・論文化されたとしても、フコイダンの標準化への道は遠く険しいと言わざるを得ません。

 

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ここまで見てきたように、フコイダンの抗がん作用の根拠は非常に脆弱なものです。それにも拘わらず、「第一人者」たちは滅菌シャーレ内の細胞とがん患者さんを、おそらくは意図的に同一視して、「フコイダンはあなたのがんにも効くかもしれません」と詭弁を弄しています。

 

これは私見ですが、天然化合物を用いた研究には、「自然志向のマスコミや一般人のウケが良い」、「数ある中から目新しいものを選べば、技術的にも予算的にも優しい試験管研究だけで論文(業績)化し易い」、という魅力があるのだと思います。それに、企業の広告塔にでもなれば、少なからずマージンを受け取ることができるのかもしれません。

 

だからこそ、卑俗な研究者たちが流入しやすい領域とも言えます。本気でフコイダンを臨床の場に持ち込んでやろうなんて気概のある研究者なんてファンタジーでしょ、と訝しみたくもなります。ちなみに、天然化合物から派生した医薬品は抗がん剤も含め数多く、フコイダンの商売をしているお歴々のことは盛大に非難しますが、フコイダンの研究をしている方々のことは敢然と支持します、と念のために明記しておきます。

 

実臨床において、がん患者さんの診療には迷いと悩みが尽きることがありません。臨床医には、その迷いと悩みを少しでも解決してくれる方法があれば、いつでも飛付く準備があります。しかし現時点では、フコイダンは飛付くに値しない代物としか言いようがないのです。

 

フコイダン業界では、「ナノ」やら「低分子」やら「高分子」やらを謳って、余所との差別化を図る戦略が主流となっていますが、目クソが鼻クソを笑う茶番劇としか映りません。目クソや鼻クソのために可惜お金や時間を費やすのは徒消です。

 

「第一人者」たちが、フコイダンのことを「がん患者に有益」な物質ではなく、「自分(の業績と売名と私服)に有益」なツールとでも考えているのはほぼ間違いないと思います。本当の意味でフコイダンを愚弄しているのは、他ならぬ「第一人者」たちなのです。

 

怪しげな代替医療が蔓延る背景には、臨床試験の改竄、論文の捏造、そして稚拙な医療事故など、標準医療側が抱える信用問題も少なからずあります。私個人にしても、トンデモを批判するだけでなく、日々の診療の中で信用を高める努力を続けていきたいものです。