yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

「池袋がんクリニックの『さい帯血幹細胞移植療法』とは何か?」

「さい帯血移植」をご存知でしょうか?

 

さい帯の中には血液の元になる造血幹細胞が豊富に含まれており、骨髄移植や末梢血幹細胞移植と並んで難治性の造血器腫瘍の患者さんを救命しえる有用な治療法の一つとしてその意義を高めています。特に、血縁者や骨髄バンクHLA適合ドナーが見つからない、あるいはそのコーディネートを待つだけの猶予がないなどの場合には、代替ドナーソースとしての地位を確立しています。

 

しかし、Googleあたりで「さい帯血移植」と検索しますと、トップページの広告欄に『さい帯血移植療法でがん治療/池袋がんクリニックhttp://bit.ly/17LqAiv)』の文字が真っ先に飛び込んできます。移植医療の難しさを知る一人の人間としては「クリニックでさい帯血移植?」と眉を顰めずにはいられません。

 

リンク先では『「あきらめないがん専門クリニック」として、進行がんを積極的に治療します』と力強く宣言がされています。免疫細胞療法を主体とした自費診療クリニックです。「標準治療では手の施しようが…」と言われてしまった方々にとっては、さぞかし幻影的な希望の光のように見えてしまうのだろうと思います。

 

その中に「さい帯血幹細胞移植療法」(http://bit.ly/17Lr9sAの文字が見て取れます。さい帯血を利用してアンチエイジングを謳う再生医療系(例えば→さい帯血幹細胞アンチエイジング協会(http://bit.ly/174XIna)は少なくないですが、免疫細胞療法としてさい帯血を利用しているクリニックはあまりお目にかかったことがありません。

 

中を覗いてみるとそのお粗末さ加減に愕然とします。一移植医としては、批判をするのもバカらしいレベルなのですが、騙されて苦汁を飲まされる方が一人でも少なることを期待して、あえて批判をさせていただくことにします。

 

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まず、最初に文面を読んでいきます。

 

白血病、骨髄異形成症候群の患者様に朗報!!さい帯血幹細胞移植療法」

 

と大きく記載されています。造血器腫瘍の患者さんを対象にした治療のようです。

 

さい帯とは、赤ちゃんと胎盤を結んでいるへその緒のことで、このさい帯には血液が満ちており、その血液中には、幹細胞がたくさん存在します。

さい帯血には、骨髄と同じように、健康な赤血球や白血球、血小板などの血液を作り出す細胞(造血幹細胞)も豊富に蓄えられているために、白血病や、再生不良性貧血、免疫不全症、遺伝病などの血液の難病に苦しむ人たちに移植することにより、その治療に役立てることができます。

 

これは私の知るさい帯血移植と同じものです。

 

幹細胞は、さまざまな細胞になる能力や、分裂し増殖する能力をもち、身体のさまざまな臓器や組織をつくる元になる細胞なのです。

 

おや、なんだか一気に雲行きが怪しくなってきました。先程までは、造血幹細胞のことを「白血球、赤血球、血小板などの血液を作り出す細胞」と紹介していたはずですが、急に「身体のさまざま臓器や組織をつくる細胞」と拡大解釈をし始めました。

 

胎児や、子供の身体には、この幹細胞がたくさん存在するのですが、老化と共に減少し、臓器や組織が傷ついたり、突然変異を起こしたりしても、その修復や入れ替えが追いつかなくなり病気が発症するのです。

 

「人間が病気になるのは幹細胞の減少が原因」という内容に読めますが、これは事実ではありません。造血幹細胞の質的、数的異常に起因した病気があるのは事実ですが、幹細胞と無関係に発症する病気も無数にあるのです。「幹細胞を補いさえすれば病気にならない」という印象を与えており不適切と言えます。

 

幹細胞がたくさんあれば、幹細胞がその臓器、組織の細胞になることによって、修復が可能になり、がんに変異した細胞をも正常な細胞に入れ替えることが期待できます。

 

だんだんアントニオ猪木(元気があれば何でもできる)みたいになってきてしまいました。最近注目されているiPS細胞に込められた期待のすべてをさい帯血幹細胞に投影したような表現です。最初に「白血病、骨髄異形成症候群の患者様に朗報!!」と言っていたはずなのに、いつの間にか対象が全てのがん患者さんに入れ替えられてしまいました。

 

注入された数億個の幹細胞は、血流に乗って全身を巡り、全身を活性化します。そして悪いところ、細胞の足りないところで効果を発揮するのです。

この作用により、現代医学を超える効果をもたらしていると考えられます。

 

最終的にはスピリチュアルでスペーシーな展開となりました。単にさい帯血を注入したところで、注入された数億個の幹細胞は、確かに血流に乗って全身を巡るかもしれませんが、残念ながら全身を活性化することもないと思いますし、悪いところ、細胞の足りないところで効果を発揮することもないと思います。

 

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これは造血細胞移植医療をあまりに理解されていない内容と言わざるを得ません。この程度の知識しか持ち合わせていない人間が移植医療を行うのは極めて危険なことです。

 

造血幹細胞移植を行うためには、「移植前処置」が必要不可欠です。造血幹細胞の移植に先立って行う抗がん剤治療や放射線治療のことです。移植前処置には主に「抗腫瘍効果」「骨髄スペースの確保」「免疫抑制効果」の3つの目的があります。

 

腫瘍細胞が盛大に残っているところに、少数の造血幹細胞を入れてもなかなか太刀打ちすることはできません。その為に、移植に先立って腫瘍細胞をなるべく減らしめておく必要があります。

 

また、造血幹細胞は骨髄中のniche(ニッチェ)と呼ばれる空間に存在すると言われていますが、レシピエントの造血幹細胞がnicheに残っていると、ドナーの造血幹細胞が居場所を得られずに分化、成熟することができません。レシピエントの造血幹細胞をnicheから追い出して、ドナーの造血幹細胞のための座席を確保しておく必要があります。

 

そして、レシピエントの免疫が残っていると、移植したドナーの細胞が拒絶(排除)されてしまいます。ドナーの細胞が拒絶されることなく生着するためには、レシピエントの免疫担当細胞を数的・質的に減弱させておく必要があります。

 

こられのステップを踏むことなくさい帯血を移植したところで、治療効果は殆ど期待できません。

 

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治療効果がないというだけなら身体的なダメージを被ることはありませんが、このクリニックの方法では深刻な合併症が起こることが危惧されます。

 

さい帯血の幹細胞を移植するには、まず血液のタイプを調べるためHLAタイピング検査を行います。約2mlほどの採血でOKです。実際の治療は、タイプのあった幹細胞を点滴で注入するだけです。

 

さい帯血を移植するのだからHLA(ヒト白血球抗原:簡単にいえば、ABO血液型は赤血球の型で、HLAは白血球の型)を一致させるのは当たり前でしょ、ということなのでしょうか。しかし、何の予防策も講じないでさい帯血を移植した場合、下手にHLAを一致させることにより、逆に危険性が高まってしまうと予想します。

 

理由を説明します。

 

輸血において、血縁者(親子や同胞など)間輸血の回避が推奨されていることをご存知でしょうか?

日本輸血・細胞治療学会「輸血後GVHD対策小委員会報告」(http://bit.ly/1756gKN

 

人間の免疫では、HLA(だけではありませんが)の相違で「自己」と「非自己」を認識しています。HLAが異なると「非自己」と認識して拒絶を起こし、HLAが同一であれば「自己」と認識して寛容されるわけです。

 

血縁者輸血では、レシピエントとドナーの間で同一のHLAを共有している確率が高まるため、レシピエント体内に入ったドナー細胞が「自己」と認定され、拒絶されずに生着してしまう恐れがあります。一度生着したドナー細胞は、逆にレシピエントを攻撃し始めます。これを(輸血後)移植片対宿主病(GVHD)と言います。

 

GVHDとは「移植片対宿主病」を表す略ですが、「移植片(Graft)」「対(versus)」「宿主(Host)」「病(Disease)」と分解すると「移植片と宿主が対決する病気」とイメージしやすくなると思います。主に、皮膚、消化管、肝臓を標的臓器として、熱傷に似た皮膚症状、下痢・下血、黄疸などを呈して致死的な経過をたどります。

 

つまり、HLAが類似したドナーから輸血を受けると、GVHDを発症するリスクが高くなるのです。逆に、レシピエント体内に入り込んだドナー細胞がしっかり拒絶されるためには、HLAが全く一致していない赤の他人の方が確実で安全なのです。

 

一方、さい帯血移植においてはドナー細胞を生着させることが目的になりますから、HLAを一致させる必要があります。HLAが一致していないと、せっかく移植したドナー細胞が拒絶されてしまいます。そして、生着後に重症なGVHDが起こらないように免疫抑制剤で予防を図るわけです。HLAが一致していて、かつ免疫抑制剤によって厳重にGVHD予防を行ったとしても、さい帯血移植では40-50%程度のGVHDが発症することが知られています。

 

では、GVHD予防なしでHLAが一致したさい帯血の移植を行った場合はどうでしょうか?そもそも移植前処置もしていませんから、多くは拒絶されるようにも思いますが、一定の確率でレシピエントの免疫監視の目を潜り抜けたさい帯血の細胞が生着し、GVHDを誘発する事例が出てくることが予想されます。特に、このクリニックの門を叩いてしまうような方々は、様々な治療を受けてきており、免疫機能が低下しているであろうと思われますから、なおさらの高リスクと言えます。免疫抑制剤なしのノーガードですから、重症化はまず免れようがありません。矢吹丈のノーガード戦法のようにことが上手く運ぶとは思えません。

 

このクリニックのセッティングでさい帯血移植を行うのは非常に危険です。にもかかわらずこのクリニックでは、自分たちのさい帯血幹細胞移植療法は非常に安全だと主張しています。

 

少々の発熱(37℃~38℃ほど)があったり、眠い、だるい、などがあるくらいで、それらは自然退縮し、ほとんど副作用はありません。

 

このクリニックのさい帯血幹細胞移植療法において、もし本当にGVHDを含めた副作用がこれまで一切起きていないのだとしたら、何かトリックがないと説明がつきません。

 

幾つか考えられる方法を自分なりに考えてみます。

①輸血製剤と同じように、白血球除去処理、放射線照射を行っている。→もちろん幹細胞も除去されるでしょうけど。

②あえてHLA不一致のさい帯血を用いている。→これならしっかり拒絶されると思います。

③さい帯血ではない(同種細胞を含まない)ものを用いている。→(((( (((( ;゚Д)))))))

などでしょうか。これらの方法ならリスクを最小限に減じることができます。いずれにしても効果もクソもなくなるとは思いますが。少々悪意のある想像を膨らましてしまいました。

 

あるいは、GVHDは移植後数週間以上経ってから発症するため、「移植が原因ではありません」「病気が進行したのでしょう」なんて説明で言い逃れしている可能性もあるかもしれません。

 

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またこの中で、さりげなく「ホゾティ(HOZOT)」についても言及しています。

 

さい帯血中に抗がん作用を持つ細胞も発見されています。(ホゾティーという細胞です)

 

HOZOTに関しては「日本臨床免疫学会誌 2009; 32: 223-230.http://bit.ly/17LAgtk)」に詳しい記載があります。フリーダウンロードが可能です。

 

簡単に言うと、HOZOT2006年に林原生物化学研究所(現株式会社林原)のグループにより発見された、ヒトのさい帯血から誘導された制御性T細胞の1種です。本来の免疫を制御する作用の他に、がん細胞に対する細胞障害性も併せ持つというユニークな細胞です。「臍(へそ)」を意味する「ほぞ」とT細胞の名前をとり「HOZOT(ホゾティ)」と名付けられたそうです2006124日プレスリリース, http://bit.ly/17M1VKr

 

また、HOZOTはがん細胞の内部に侵入して死滅させる「トロイの木馬cell-in-cell)」現象を起こすことが確認されており(下写真)、細胞自身による直接的な抗がん作用と、がん細胞への効率的な抗がん剤のデリバリー作用との両方面で期待されています2010915日プレスリリース, http://bit.ly/1753hSu, J Mol Cell Biol. 2010; 2: 139-151., http://bit.ly/1754jOd

 

しかし、よく考えてみてください。がん細胞に侵入したHOZOTはがん細胞と共に死んでしまうので、一定量のがん細胞を死滅させるためには、それに見合うだけの数のHOZOTを準備することが求められます。そのためには効率よくHOZOTを拡大培養する技術が必要です。

 

しかし、現時点でHOZOTの拡大培養は容易ではありません。まず、さい帯血から単核球を分離し、マウスのストローマ細胞と23週間共培養するとHOZOTが誘導されます。ちなみにヒトのストローマ細胞では誘導されません。次に、このHOZOTを新しいストローマ細胞の上に継代してIL-2などの増殖因子を加えることで更に12週間拡大培養するわけです。つまり異種抗原への暴露下に長時間培養する必要があるわけです。しかし、この手法をもってしてもHOZOTの誘導成功率10%程度に過ぎないそうです。

 

更に、現段階でHOZOTの抗がん作用はvitro並びに動物実験の段階で認められているに過ぎず、実臨床への応用のためには幾つものハードルを越えることが必要です。

 

つまり、普通にさい帯血幹細胞を移植したところでHOZOTの活躍はおろか、HOZOTそのものにすらお目にかかることはできないのです。

 

しかもですよ、同グループは、HOZOTによる抗がん作用は、付着性の固形がん細胞株には広く確認できるものの、白血病細胞や悪性リンパ腫などの浮遊性の腫瘍細胞株に対しては見られない、とまで言っているのです。

Int J Oncol. 2011; 38: 1299-1306.http://bit.ly/1754ARl

 

どうせ素人には分かるまいと、心地よさそうな情報を貪欲に提示してより魅力的に見せよう、より期待感を醸し出そうとしているわけですけど、結果的には墓穴を掘ってトコトン信頼性が損なわれているわけです。

 

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先人たちの、この中には医療者のみならず被医療者も含みますが、多くの長きに渡る涙と努力と経験の上に、改善に改善を重ねてきたさい帯血移植が、このような形で悪用されていると思うと、本当に悔しいですし、はらわたが煮えくり返る思いです。

 

そして表題の「池袋がんクリニックの『さい帯血幹細胞移植療法』とは何か?」に回答をつけさせていただきます。

 

「(HLAが本当に一致しているかどうかも分からない)さい帯血(と思われるもの)を移植するモーションを見せることで患者の精神的欲求を満たすことを主目的とし、医学的な抗腫瘍効果は殆ど期待できないどころか、理論的には致死的な合併症まで起こす危険性のあるヤバイ治療です。

 

設定された料金も含めて悪質度は極めて高いと思います。このような医療者に法的な制裁を与える方法はないのでしょうか?