yocinovのオルタナティブ探訪

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「多発性骨髄腫の患者さんのカルシウムサプリメントはどこまで許容されるか?」

久しぶりのブログ更新です。

 

かつてなかなか治療に反応しない高カルシウム(Ca)血症を呈した多発性骨髄腫の患者さんを担当した経験があります。その方の場合、よくよく話を伺いますと、ご家族の中に分子整合栄養医学協会(http://bit.ly/14FVvgTに所属されている方がいて、「多発性骨髄腫は骨が脆くなる病気だから、Caで骨の強化を図るのが基本」とのことでせっせと患者さんにサプリメントやサメの軟骨を服用させていたという事実が判明しました。正直に申し上げて、私個人の中には、多発性骨髄腫の患者さんにCaを投与するという概念がなかったものですから、大変に面食らったわけです。

 

「多発性骨髄腫にCaを使用する」という方法は、どの教科書を紐といても記載がありませんし、NCCNガイドライン®2013年度日本語版http://bit.ly/13wm7xGの補助療法の項にも見当たりません。ただし「Caが丈夫な骨格をつくる」という文言は幼少期から繰り返し聞かされた周知の事実でもあり、やたらと牛乳を飲まされたり小魚を喰わされたりしたものです。では、なにゆえ多発性骨髄腫の患者さんに推奨されていないのでしょうか?はたまた、Caの摂取は許容されないのでしょうか?

 

 

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   Caは多発性骨髄腫の病態にどのような影響をもたらすのか?

 

多発性骨髄腫は形質細胞が悪性腫瘍化する病気です。その腫瘍細胞からは骨を壊す破骨細胞を活性化する因子と、骨を造る骨芽細胞を抑制する因子が放出されており、骨吸収の促進と骨形成の抑制から骨の溶解が起きます。その結果として骨折しやすくなるのみならず、骨からのCaの喪失と高Ca血症が起きるわけです。

 

Ca血症の症状はとても幅広いです。食欲低下、便秘、消化性潰瘍などの消化器症状、集中力の低下、人格変化、無気力、意識障害などの神経精神症状、徐脈、房室ブロックなどの循環器症状、そして腎尿細管での尿濃縮能の低下から多尿をきたし、口渇、脱水、腎機能障害の原因にもなります。多発性骨髄腫では腎不全を合併しやすことも知られていますが、高Ca血症は腎不全の増悪因子でもあり、またそれ自体が致命的にもなり得るということです。

 

この様な病態にCaを投与すべきでしょうか?答えは考えるまでもなく「No」です。

 

Ca血症を伴う悪性腫瘍の患者さんが、サプリメントやサメの軟骨を不適切に摂取したことにより、重篤な高Ca血症に進展したという症例はなにもここだけに限った話ではありません。

Support Care Cancer. 2003; 11: 232-235.http://bit.ly/13pYsyU

 

少なくとも高Ca血症や腎不全を伴うような初発時や病勢コントロールが芳しくない時期には、Ca摂取が事態の悪化を招く危険性があり、摂取は控えた方が良い、ということに異論の余地はないと思います。

 

   Caは多発性骨髄腫の骨関連事象を減らしめるのか?

 

多発性骨髄腫はとにかく脊椎、肋骨、骨盤骨などに病的骨折をきたしやすい病気です。骨折は疼痛のみならず、時に下肢の麻痺や膀胱直腸障害などの脊髄圧迫症状をも伴い、著しく生活の質を落としめます。そのため、多発性骨髄腫の治療においては、化学療法と共に、どれだけ骨折や骨痛といった骨関連事象を減らすことができるか、もまた命題の一つとなっています。

 

現時点で、多発性骨髄腫での骨関連事象を減らしめる効果が明らかになっているのはビスフォスフォネート(BP)製剤だけです。特にゾレドロン酸は、骨関連事象のみならず多発性骨髄腫の生存期間を延長することも知られており、それ自体の抗腫瘍効果も示唆されています。しかし、腎機能障害や顎骨壊死などの重大な副作用もあるため、腎不全や歯科治療を要するような齲歯を伴う患者さんでは使用を控えるのが一般的です。

JCO 2013; 31: 2347-2357.http://bit.ly/13ysUXw, Blood 2013; 121: 3325-3328.http://bit.ly/13yt5lJ

 

ちなみに強力な新しい破骨細胞阻害薬であるデノスマブが、多発性骨髄腫の患者さん骨関連事象に関して、ゾレドロン酸に非劣性を示したという試験もありますが、多発性骨髄腫患者さんのサブグループ解析では、デノスマブ群の生存期間が有意に短いことが示されており、ゾレドロン酸に先立って使用されることはありません。

JCO 2011; 29: 1125-1132.http://bit.ly/16PDw6C

 

一方、骨の形成・強化のためには骨の主要構成成分であるCaの摂取が必須である、ということもまた事実です。多発性骨髄腫の骨関連事象を減らしめる目的としてCaを投与する試みはなかったのでしょうか?

 

調べてみたらありました。19601980年代と少々時代を遡りますが、Caをフッ化物やビタミンDと併用した治療の試みです。そのうちの幾つかでは、骨塩量が上がるとかレントゲン像が改善したなどの結果が認められていますが、骨関連事象を減らしめたとか、骨痛を緩和したなどといった実証はありません。検査所見は改善しても、それが自覚症状やQOLに反映しなければそれは自己満足に過ぎません。実際に、1985年以降は報告が途絶えています。

JAMA 1966; 198: 583-586.http://bit.ly/15V4wF8, NEJM 1975; 293: 1334-1338.http://bit.ly/15V5AsG, Cancer 1980; 45: 1669-1674.http://1.usa.gov/15V66a6, Blood 1984; 63: 639-648.http://bit.ly/13odODU

 

BP製剤の骨関連事象を減らしめる効果が明らかとなっている現在において、あえてそこにCaを上乗せするメリットは、あっても小さいものと考えます。ただし、BP製剤を使用できない患者さんにおいては、病勢が安定している(高Ca血症や腎不全がない)という条件下であればCa摂取は許容されると思います。

 

   ステロイドBP製剤を使用するとCaが欠乏するのか?

 

多発性骨髄腫の治療にはステロイドの使用が欠かせません。ステロイドには消化管からのCa吸収を抑制したり、尿中へのCa排泄を促進したりする作用があります。

ICUCCU 2011, 35, 597.

 

また、BP製剤にも低Ca血症の副作用が出現することがあります。最も使用されるゾレドロン酸(ゾメタ®)の場合、製造販売元であるノバルティスファーマ「使用上の注意(http://bit.ly/13wBy96)」によれば、低Ca血症は212%に出現し、「必要に応じてCa及びビタミンDを補給させるよう指導すること」と記載されています。

 

国際骨髄腫ワーキンググループ(http://bit.ly/14TyYgPによる多発性骨髄腫の骨病変治療の推奨においても、BP製剤使用中の低Ca血症に対して「Calcium and vitamin D3 supplementation should be used to maintain calcium homeostasis (grade A).」と記載されています。

JCO 2013; 31: 2347-2357.http://bit.ly/13ysUXw

 

日本骨髄腫患者の会(http://bit.ly/14mff66が発行しているデキサメタゾンなどのステロイド剤の理解(http://bit.ly/15UXz73)」P10にも、デキサメタゾンなどのステロイド剤の投与により、「カリウムK)とCaの排泄量の増加が引き起こされる場合」があるため、「失われたKCaを補うサプリメントの摂取を行なわなければなりません」との記載が見られます

 

また、ステロイドには尿細管でのナトリウムの再吸収とKの排泄を促進する鉱質コルチコイド作用があります。低K血症の存在下に低Ca血症低が起こるとQT延長の助長から不整脈が誘発されやすくなることも知られています。

 

よって、ステロイドBP製剤の使用中はKCaが共に低下する可能性があり、定期的に電解質モニタリングして低Ca血症があれば補正を検討した方が良いと考えます。

 

ただし、多発性骨髄腫の治療で使用されるステロイドは、鉱質コルチコイド作用を殆ど有さないデキサメサゾンが主体であり、個人的にはKCaの補正を強いられた経験は殆どありません。

 

   Caステロイド骨粗鬆症の予防に有用なのか?

 

多発性骨髄腫の治療においてはデキサメサゾンを中心としたステロイドの使用が必須です。ステロイドは、主に骨芽細胞のアポトーシス誘導により骨形成能の低下をきたし、そして骨粗鬆症や骨壊死の原因となります。多発性骨髄腫自体でも病的骨折を起こしやすいだけでなく、その治療の影響でも骨折を起こしやすくなるのです。非常に厄介です。

 

多発性骨髄腫の骨関連事象を減らしめるためにはBP製剤が有用でした。では、ステロイド骨粗鬆症の予防を講じるためには何が必要なのでしょうか?

 

下記のようなステロイド骨粗鬆症の総説があり参考になります。

BMJ 2006; 333: 1251-1256.http://bit.ly/13ogT76, Mayo Clin Proc. 2006; 81: 662-672.http://bit.ly/13oh3ex, NEJM 2011; 365: 62-70.http://bit.ly/13wOmfD

 

根本的にはステロイドの使用を最低限に抑えることが必要なのですが、基本となるのは禁煙、アルコール制限、荷重を加えた身体運動、転倒の防止などの生活指導(危険因子の除去)です。では薬剤による予防はいかがでしょうか?

 

ステロイド使用に伴う骨折を減らしめる効果が実証されているものには、BP製剤の他にヒト副甲状腺ホルモン製剤(テリパラチド)があります。しかし、後者は形質細胞腫瘍を悪化させる危険性が示唆されており使用は控えるべきです。

BMJ Case Reports 2010; doi:10.1136/bcr.01.2010.2681http://bit.ly/16PHn3H

 

コクランライブラリー(http://bit.ly/13of2PJにおいても、日本骨代謝学会(http://bit.ly/14mfGxbによるステロイド骨粗鬆症の管理と治療のガイドラインhttp://bit.ly/13wPuzZ)」においても、投薬あるいは食事としてCaとビタミンDを補充すべきとされています。骨折の予防効果は得られずとも、骨塩量の減少を食い止める効果は認められていますので、BP製剤を一次治療として、二次治療としてCaの補充を考えても良いかもしれません。

 

少々話が逸れますが、個人的にはもう一つ気を付けていることがあります。それは、なるべく「プロトンポンプ阻害剤(PPI)の長期使用を避ける」ことです。PPIの長期投与と骨折リスクの関連を示唆する報告が複数あります。ステロイドには消化性潰瘍の副作用があるとされ、その予防にルーチンで胃薬を併用することの是非に関しては議論があるところですが、多発性骨髄腫の治療のように相当量を相当期間使用する際には併用することが多いように思います。特に潰瘍の既往がある場合や抗血小板薬との併用が必要な場合には重要です。このような際に開始されたPPIが、漫然と継続されるのは回避したいところです。

Arch Intern Med. 2010; 170: 765-771.http://bit.ly/13C6pkF, BMJ. 2012; 344: e372. http://bit.ly/14Nz4qf

 

しかし、多発性骨髄腫の患者さんにおけるステロイド骨粗鬆症と、その他のステロイド骨粗鬆症を同列に語ることはできません。それは容易に腎不全や高Ca血症を来しやすい病気だからです。現在の病状を良く把握しつつ補充する必要があります。

 

Caは多発性骨髄腫自体のアウトカムに影響しないのか?

 

「アメリカ人女性においてCaの摂取不足が多発性骨髄腫の危険因子となりえるかもしれない」という報告を見つけました。しかしこれは、ひょっとしたらひょっとするとCaには多発性骨髄腫の発症を予防する効果があるかもしれないということであり、多発性骨髄腫を発症した後のアウトカムを改善するかもという話ではありません。

Cancer Causes and Control. 2007; 18: 1065-1076.http://bit.ly/15V0fSf

 

一方、先ほどもご紹介したBlood 1984; 63: 639-648.http://bit.ly/13odODUには、カルムスチン、シクロフォスファミド、プレドニゾロン併用治療にCaを含む骨強化治療を併用した群では、併用しなかった群に比較して生存期間が有意に短縮したという結果が報告されています。

 

この試験ではCaだけでなく、フッ化物や男性ホルモンも併用されていますので、Caだけを悪者にすることはできません。それに、この化学療法レジメン自体は、現在は全くと言って良いほど使用されていません。しかし、ボルテゾミブ、レナリドミド、サリドマイドなどの新規薬剤とCaの併用療法の安全性や有効性は検証されているわけでもなく、思わぬ落とし穴があるかもしれないので、「たかがサプリくらい平気だろう」という軽い気持ちなら摂取するのは避けた方が無難かもしれません。

 

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個人的に至った結論としては、多発性骨髄腫の患者さんにおいてCaを補充すべきなのは、ステロイドBP製剤使用中に低Ca血症を生じた場合のみです。こんなに長々と考察した割には、辿り着いた結論が当たり前すぎて泣けます。

 

Caの補充を検討しても良いのは、病勢コントロールが良好でかつBP製剤を使用できない場合でしょうか。

 

Caの摂取を許容できるのは、病勢コントロールが良好でかつステロイド骨粗鬆症の予防に、食事療法だけではどうしても心配だと思われる場合でしょうか。

 

ただし、これらの際にはCa併用による弊害が起こり得る可能性も考慮し、慎重に腎機能やCaモニタリングをすることが必要です。

 

Caの摂取が言語道断なのは、病気が活動期にあり、腎不全や高カルシウム血症を伴っている場合です。

 

このように考えると、これでも私が考えていた以上に、多発性骨髄腫の患者さんがCaを摂取した方が良い、あるいは摂取しても良い局面は多いのかもしれません。血液内科医、いえ私は先入観を捨てて個々の症例、個々の病態においてCaの適応を検討し直すべきかもしれません。

 

ただし、多発性骨髄腫は病勢が揺らぎやすい病気でもあります。始めたCaが漫然と続けられるような状況は必ず回避しなくてはなりません。

 

そして、「多発性骨髄腫は骨が脆くなる病気だから、Caで骨の強化を図るのが基本」という短絡的な理由で摂取するのはどうかお止め下さい。