yocinovのオルタナティブ探訪

安価で安全な代替・補完医療を求めて

3月11日を迎えて

東日本大震災から2心より哀悼の意を申し上げます。

 

2年前のこの日、何の罪もない多くの方々の命が失われました。命を繋ぎ止めることができた方々も今なお厳しい生活を余儀なくされていることと思います。生死を分けた所以や受けた被害の大小は個々の能力であるとか仁徳であるとか、そんなものに依存したものでは一切なく、まさに運命だったとしか言いようがありません。

 

とは申しているものの私個人は東北地方に居住した経験もなく、親戚や知人がいるわけでもありません。東北に対して特別な感慨を持ってはいませんでしたし、また直接的に被害を受けたということでもありません。震災においては微々たる募金をしたり東北を旅行したりして、自己満足的に関わっているだけの人間です

 

医師でありますから、現地に赴けば何某かのお役に立てることがあるかもしれません。しかし、今現在自分が置かれている立場や環境を投げうつ気概もなく、恥ずかしながら復興に貢献しているなどとは口が裂けても言えません

 

しかしある個人的な経験をもとに、被災された方々に、特に津波に巻き込まれて溺死されたであろう方々のご遺族に伝えられることあるのではと思っています

 

その個人的な経験を綴ってみます

 

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私には大学に入学した18歳の時に海水溺水で生死を彷徨った経験があります。

 

まだ入学式が終わって間もない頃でした高の部活動ではバレーボールをしていた私は、大学はもっとこう華やかで、女性陣から黄色い声援や憧れの眼差しを投げかけられるような華やかなスポーツをしてみたいと夢想していました。そんな折に、ヨットで真っ黒に日焼けした爽やかな先輩たちに声をかけてもらい「これだ!」と即決したのです。

 

江ノ島で催されたヨット試乗会に意気揚々と参加した私は、快晴の中、一人の先輩と一緒に沖に出て行きました。もちろん救命胴衣は着用していました。良い風が吹いていたためか、なんとなくの流れでトラピーズ体験(ヨットの外に体を乗り出すやつ)をしようということになり、ハーネスをつけて待機していました。

 

んな時、突発的に強い風が吹いてヨットが横倒しになってしまったのです。ハーネスを着用していた私は、ヨットの倒れた側の海面下に引き込まれてしまいました。本来、ハーネスは簡単に外せる仕組みなのですが、外し方教わらずに乗っていた私は、完全にパニック陥りました。必死でハーネスを外そうともがいたのですが、全く外せる見込みはありません

 

しかし、江ノ島の沖で一人もがいている、ただただ頭の中が真っ白というだけで、「苦しい」とか「怖い」といった感情は微塵も湧いてきませんでした。

 

どのくらいの時間もがいていたかは分かりませんが、「もうダメだ」と覚悟を決めて息継ぎをした瞬間のことです。の中海水が勢いよく流れ込んできて、パニックは即座にえも言われぬ幸福感へと変化し、意識途絶えました

 

その時間は恐らく秒単位だったとは思うのですが、そんな瞬時に色々な感情を持ったことを記憶しています。ほんの一瞬ですから「考えた」というより「感じた」としか言いようがないのですが。

 

「人は死ぬ前に走馬灯を見るって聞いたけどまるで見えないじゃんって想像してたより全然苦しくないじゃん」「死って下手に助走が長いよりも一瞬の方が受け入れやすいのかもな」など感じました。

 

いささか不謹慎な表現かもしれませんが「ふぁっ?俺ってこんなにあっさり死ぬ雑魚キャラだったのか、ウケる(笑)」と余裕を持って死を受け入れました。「○○ちゃん(当時の恋人)の部屋とか風呂場とか自由に覗けるんじゃね(♡)」などと妄想を逞しくすらしました。

 

そして両親に対して「私を産み、育ててくれたことを心から感謝しています」と謝する時間も、親孝行もせずに親より先に旅立つ不孝をお許しくださいと詫びる時間も、「これからは僕がみんなを見守っていきたいです」と願う時間も、十分にありました

 

私の場合、不思議なことに後ろ向きな感情とは一切無縁でした

 

救い出され一命を取りとめることができましたその後に展開された諸々(鼻から入れられた胃管、皆さんの面前で挿入された尿道カテーテル、口をこじ開けられて突っ込まれた気管チューブ自分のリズムとは全く異なる調子で送り込まれる酸素などなど)の方が、よっぽど苦しくて辛いものでした

 

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この事故の前後で人生観が変わったか、という問いには明確には応えられません。しかし「人間は死と隣り合わせ生きている」ことを体感したのは事実ですそして「生が善で死は悪だ」などということはないのだ、ということを確信しました。

 

そして、私が強く申し上げたいのは、この溺れている僅かな時間に苦しい」とか「怖い」といった感情は露ほど抱かなかった、ということです。本当に瞬間的な出来事ではありましたが、大切な人との別れを思う時間が十分にあったということなのです。そのためか、未だに海に対する恐怖心は微塵もありません

 

想像するに、「寂しかっただろう」「怖い思いをしたんじゃないか」「もがき苦しんだに違いない」と心を痛めているご家族も大勢おられると思います。もちろん、全員が全員同じ思いだったと断言することなど到底できません。でも、私の個人的な経験からは、溺死は決して苦しいものではないと思うのです。

 

このようなことを申し上げても、亡くなられた方々が生まれ変わるものではありません。しかし私の体験が、皆さんの心の痛みをほんの僅かでも和らげられれば、そして皆さんが歩を進めることの微々たる力になることができれば幸いです